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Episode10
佐竹に任せたものの埒があかなくなったバリュエーション。結局、算定に必要な根本の数値から見直す羽目になった。
家に仕事を持ち込むのは好きじゃない。これみよがしな多忙アピールだと受け取られるのも嫌だし、どうも最近は向けられる視線に尊敬より哀れみの割合が増しているような気がする。それでもどうしようもなくなってパソコンを広げる。幸い日向も追われている仕事があるようで、リビングの隅のパソコンデスクにかじりつく背中は丸まったままだ。
投融資、純営業資産、純有利子負債、自己資本……
入っていくもの、出ていくもの、溜まっていくもの……
バランスシートを見ながらふと、愛を分類するとしたら一体どこに入るのかと考えた。
資産だろうか、負債だろうか。それともずっと生み出し続けなければならない、利益だろうか。
自分という人間をバランスシートに落とし込んだなら、一体どの程度の価値になるのだろう。何がプラスで何がマイナスになるのだろう。差し引きされて残るものは何か。
愛情という内部留保を溜め込んで、自分という株価はいつまで経っても上がらず、ハゲタカに狙われるのが関の山……か。
自嘲のため息が漏れそうになったところ、眼前ににゅっ、と腕が伸びてきた。何事か、と思う間もなく眉間をぐりぐりやられた。
「すっげー皺寄ってるー」
だからこういうのは本当やめてほしいと思いながらも、
「何やってんのー……って、わー、全然分かんない!」
もたれかかられるともう、何も言えなくなってしまう。
寄りかかられた重みをどうするか躊躇っているうちに、
「俺ちょっと休憩するけど。何か飲む?」
スッと距離を取られてしまった。
くっついたり離れたりするタイミングがいつもよく、分からない。
「ああ……」
すぐに台所に行くのかと思いきや、日向は何故かこちらを見下ろして笑っている。
「何だよ」
「いや何か……こういうの何かいいな、って、思った」
「休日まで仕事に追われてることがか」
「樹も頑張ってるなーってのが見えると、自分も頑張ろうって思える」
「カフェで勉強するとはかどるのと同じだろ。誰かの目があるとサボれないしな」
言ってから、何でこんなことを言ってしまったのだろうとハッとしたけど、日向はさほど気にする様子もなく、「確かに~」と語尾を伸ばしながら答えた。
……確かに、自分も思ったのだ。
誰かの目があるからはかどる、とかそういうんじゃなくて。
こういのは何かいいな、と。
互いの叩くキーボードの音だけがカタカタと響く、昼下がりのリビング。疲れてふと顔を上げると、そこに恋人の姿が見える。本当は切羽詰まっているはずなのに、穏やかな時間。
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