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Episode13 2年前の12月
「絵になる、って言ったのに~、やりたいことあるなら遠慮せずにやれ、って言ったのに~」
それとこれとは別だ。
他のカップルがタキシードを着てようが指輪を交換していようが人前で愛を誓い合っていようが別に気にしないし、何ならそういったパーティーに招かれて行ったこともあったが、自分がやるとなると話は別だ。
「樹はさ、一生に一度の晴れ舞台、ってのを味わってみたくないわけ」
「まったく」
「うわ全否定。じゃあさ、恋人の晴れ姿は見たくないわけ。俺は見たい。樹のタキシード見たい!」
「嫌だ。コスプレみたいになるから絶対嫌だ。しかもそれが衆目にさらされるなんてぞっとする」
「じゃあせめて写真! 写真撮ろうよ~」
「それでも写真スタジオのひとには見られるだろ」
「自意識過剰!」
出会って半年で同棲。まだ半年しか経っていなかったのかと驚いた。季節も一巡していないのに、もう二年くらい一緒にいたような気がしたから。
一緒に暮らさない? と提案してきたのは日向の方だった。前に同棲した奴にカネを持ち逃げされたと言っていたことがあったから、意外だった。日向の方から言い出さなかったら、樹の方から言い出すことは絶対、なかった。
「じゃあ、じゃあさあ、タキシードは諦めるからさあ。引っ越し記念でさ。友達呼んでちょっとしたパーティーしようよ。それだったら気負わないでしょ? 料理は俺、作るし」
「え~勘弁! 写真よりエグい。別に呼びたい……つーかわざわざ知らせたい奴もいねーし。お前だって、友達……っつったって、誰呼ぶんだよ。そもそも俺、あんまり家に他人を上げたくないタイプなんだよ。生活空間乱されたくないっていうか、知られたくないっていうか……」
「樹って……」
じゃれついてくる犬みたいに樹の周囲をぐるぐるしていた日向が、ぴたりと動きを止めた。地蔵みたいに常にじっとしている奴は不意に動くと何事かと思うけど、日向の場合は逆だ。止まると、何事かと思う。
「ずるいなあ」
「は? 何が?」
「不意打ちにデレてくんだから」
「デレるって何。そっちこそ急に何だよ。ワケ分かんないんだけど」
「それって俺はもう、他人じゃない、ってことなんだよね。樹の生活空間の中に、普通にいていいんだよね」
何なんだよ。
急に何なんだよ。そっちこそそういうのを不意打ちに繰り出すなよ。
膨れあがり、まぜこぜになった多幸感と羞恥心が肌の上に現れてきそうなのを必死に押しとどめる。ソファの後ろに回った日向が、抱きつく準備をしているのが分かった。
「……大体何でいきなりそんなことやり出す気になったんだよ」
リビングの隅に、一個だけまだ片付けられていないダンボールを見ながら言った。
「分かんないかな~」
「分かんねえよ」
「幸せをおすそ分けしたいんだよ」
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