Episode14

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Episode14

「今年はどうする?」 「何が」  いちいち、「何が」と問い返さないと進まないような会話の仕方はやめてほしい。スマホをいじりながら答えた。丁度DCの運用レポートが届いたところだったので、久しぶりに加入者サイトにログインする。ひとには運用を薦めておきながら自分のDCの運用は疎かになっていた。ちょこちょことリバランスし、新しく投入された新興国インデックスファンドにもお試しで突っ込む。どうせ六十歳まで引き出せないから、気楽に遊べる。DCの全加入者の平均運用利回りは3%程度だそうだが、うちの会社の従業員の平均は8%。証券会社としてDCを推進する立場上、自分の年金のことながら変な数字は出せないというプレッシャーがある。国内債券ばかりに突っ込んで放置して、お咎めをくらった奴がいるとかいないとか。それならいい商品を開発してくれと、DCとはまったく関係ない部門の樹は思う。  年金とか……日向はどうしてんのかな。たぶんまったく考えていないような気がする。ふるさと納税も知らなかったから、知らないうちに損していることがいっぱいありそうだ。だったら一緒に運用してやってもいいんだけど。餅屋は餅屋というか。家事はどうしても任せきりになってしまっているけれど、こういったことなら。けれど、家事をする、カネを稼ぐ……どちらも欠くことはできないはずなのに、後者の方を優先すると卑しさが滲み出てしまうのは何故だろう。前者を担っている奴を、いたわらなければならない罪悪感にかられるのは何故だろう。というかフリーランスの日向の方こそ、こういうことはちゃんとしておかなきゃならないんじゃないか。  ……あ、そういえば日向に何か話しかけられた気がしたけれど、忘れていた。 「どうする、って、何が」 「おせち」 「おせち……? おせち……あー……」  藪から棒に何だと思ったが、昼休みに入ったファミレスでもおせちのリーフレットが置かれていて、そういえばそろそろ予約を受け付ける時期か。  誕生日だのクリスマスだのバレンタインだの正月だの……。日向と暮らすまで、そういった行事ごととは悉く無縁に生きてきた。初めは日向があれこれ用意してくれるのが新鮮に思えたが、今はそういったいちいちに立ち止まるのが正直、煩わしい。  一緒に暮らしてからの二年。まだ二年しか経っていないのか、と思う。  暮らし始める前、まだ半年しか経っていないのか、と思ったのと、字面にすれば同じになってしまうのだけれど。 「適当に選んでいい? 今回は洋風にしようか。肉多めのやつ。結局前、最後まで中華系が余っちゃったし」 「それなら肉だけ、別で買った方がよくない? 多めっつっても、たいていちょろっとしか入ってないし。なかなか好みと一致しないだろ」 「ああまあ、それもありっちゃありだね」 「結局食べるもんって限られてくるんだよな。ぶっちゃけ俺、ごまめと黒豆と蒲鉾と数の子さえあればいいし。あとせいぜい昆布巻きと紅白なます。伊達巻きと栗きんとんは正直、邪魔」 「樹、甘いの苦手だもんね」 「ふたりなんだしさ、形式張らなくてもいいと思うんだよ」  手間のかかることを言ったかな、と思ったけれど、訊かれたから答えただけだし、実際どうするかは日向が考えてくれるからいいだろうと割り切ることにする。 「それに今年は年末、バタバタするかもしれないし」  だからあまり気を遣わなくていい、とフォローのつもりで言ったのに、 「でも、三が日くらい休めるだろ?」  休めないなんてありえない、というくらいの勢いだった。会社でもそうだが、家でもまさか『休めハラスメント』を受けるとは思わなかった。  休めるもんなら休むさ。仕事を誰か、引き取ってくれるのなら。  口をひらけばまた嫌味にしかならないのが分かった。だから言いかけた言葉を飲み込んだのだけれど、代わりにため息が漏れてしまって、こっちの方がよっぽど嫌味っぽかったか、と反省する。ちらり、と日向の様子を窺う。窺ってはみたものの、日向が何を考えているかはよく分からなかった。 「ああ……でもあれは食っときたいかも、雑煮は」 「うん、そうだね……またこっちの味付けでいい?」  我ながらフォローになってるんだかなってないんだか分からない。ただ、出来合いのおせちはともかく、日向が作ってくれた雑煮は美味かった、というのは伝えたかった。  田舎の雑煮は白味噌・丸餅の関西風だが、餅にはあんこが入っていた。それが当たり前だと思っていたから、角餅・澄まし汁の雑煮が出てきたときは衝撃だった。甘いものが苦手な樹にとって、それはいい意味の衝撃だったのだが、どうも日向には上手く伝わっていなかったらしく、途中から丸餅・澄まし汁という、謎の東西折衷雑煮に変貌していた。 「ああ……でも、餅はそんなにいらないかも」 「え……でも、餅がなかったら雑煮じゃなくない?」 「一個でいいかな。二個食ったら胃もたれした」 「あー、そうなんだ」 「他にもいろんな種類の餅食ったし」 「俺は雑煮に安倍川にきなこに……。あの時期になるとひととおりコンプリートしたくなるんだよなあ」 「もともとそんなに餅好きじゃないし。ザ・炭水化物、って感じで」 「樹って、好き嫌い……っていうか、食のこだわり強いよね」 「そうか?」  それを言うなら日向の方がよっぽどこだわってるんじゃないか。  醤油も似たようなのが四、五本あって、料理によって使い分けているらしいけど、何が何だかさっぱり分からない。醤油の瓶は無駄にでかくて場所を取るから、本音を言うとまとめてくれた方が有り難い。 「てか、あとになって、えっ、これも駄目だったの、って思うことが多くて。そのとき言ってくれりゃいいのに」  その言い方は……非難、じゃないのか。  言ってくれ、って……そのとき言ったら絶対、お前、気分悪くするじゃないか。  でも結局今思ったことも、言えないまま沈殿していく。そしてまた思いもかけないときに浮かび上がらせてしまって、「何であのとき……」と恨み言を言われるのだろうか。  そもそも何でこんな話になったのだろう。  スマホに目を落とし、どうして年金のリバランスからこんな話になったのか、と、途方に暮れる。
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