Episode02

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Episode02

 みっつ、よっつ……ああ、だいぶ減ったな。  冷蔵庫の中を確認し、大量在庫になっていたヨーグルトがようやく捌けてきたことにほっと胸を撫で下ろす。今のペースだと賞味期限は三日……は過ぎてしまうが、まあ許容範囲だろう。  身体のために乳製品を取った方がいいのは分かっていたが、独特の酸味がどうも受け付けなかったときに出会ったのがこの黄金ジャージーヨーグルトだった。普通のスーパーにはなく、最寄駅の一駅手前の六麓玉井でしか売っていない。仕事が早く終わったときに買って帰るようにしていたが、あるとき冷蔵庫をあけると大量の黄金ジャージーがつめこまれていた。扉をあけた弾みで外に転がり落ちそうになったそれを慌ててキャッチしながら、まさか叩けば増えるビスケットのごとく増殖したのか……と、一瞬よぎった馬鹿な思考を振り払うように声を上げた。 「おい、日向! 何なんだよこれ!」  さっきまではちゃんと入っていたはずなのに、どうしてかうまい具合におさまらず四苦八苦していると、 「へへー、びっくりした? すごいだろー」  やはり犯人はこいつだったか。しかし日向は樹の心中など知らず、むしろ逆撫でするような無邪気さを前面に押し出してくる。 「通販してたの見つけたんだよー。なかなか売ってるとこないって言ってただろ」  言ったが……言ったがしかし…… 「これ……何個あんの」 「五十個かな」 「ごじゅうっ?」 「見てよ俺のこの芸術的な収納術! あっ、ほらほら、入れる前に一回シャンパンタワーみたいにしちゃった」  状況を把握するより先に、日向は次々ネタを繰り出してくる。翳したスマホには、なるほど、シャンパンタワーみたいに積み上げられたヨーグルト。……いや、こんなことしてる暇あったらとっとと冷蔵庫に入れろよ。要冷蔵の食品をどれだけ常温で放置してたんだ! 「びっくりした?」  リアクションからとっくにびっくりしている、ことは分かっているだろうに、わざわざ聞いてくる意味が分からない。  何かにつけ、日向はこうだ。  暑いよね、寒いよね、この番組面白いよね、この料理美味しいよね……  セックスのときだって…… 「びっくり……したけど、でもどーすんのこんなに……一気に食べ切れないじゃん」 「大丈夫、賞味期限二週間あるから。嫌だなあ、そのあたりはちゃんと計算してるよ」  二週間!  何が計算してる、だ。一日二個食ったって間に合わないじゃないか! 「大丈夫、俺も食べるから。ちょっとくらい過ぎたって平気でしょ」  何も言うことができず、パタン、と冷蔵庫のドアを閉じる。 「六麓玉井までわざわざ行って買ってくんの大変だろ。でもこれでしばらくは安泰じゃん。冷蔵庫あけてなかったとき。悲愴な顔してたからおかしくて」  確かに六麓玉井まで買いにいくのは面倒だし、食べたいと思っていたときに限ってストックを切らしていることもあった。でも仕事帰りにぷらっと立ち寄るのはいい気分転換にもなっていたのに……  もう冷蔵庫のドアは閉めていたが、『閉めたらない』というか、さらに何か、パタン、と閉めたい気分になった。  もう一度冷蔵庫をあけ、ヨーグルトを一個……少し考えて、二個取り出し、ノルマだ、と、一個を日向に押しつける。  スプーンを取りに行ったとき、台所の隅に放置されたままのダンボールに気づいた。まったく……。送付状も貼りつけたままだったので、シュレッダーにかけてやろうとしたところ、商品項目がふるさと納税返礼品になっているのに気づいた。  ふるさと納税……まさかあのヨーグルトはふるさと納税の返礼品だったのか。  樹の様子に気づいたらしい日向が、あーバレちゃった、と慌てて駆け寄ってきた。 「お前これ返礼品……」 「そう、実はそうなんだー、樹に教えてもらったから初めてやってみたんだけど、いざとなったら何を選んだらいいのか分からなくなっちゃって……」  樹の機嫌を損ねたと日向が焦っているのが分かったが、気分を損ねている原因は日向が思っているのとは別のところにあった。 「何でこんなしようもないもんに使ったんだよ」 「しようもない……」 「馬鹿じゃねえの。肉とか米とかフルーツとか、何でもっと率のいいものとか希少価値のあるものにしないんだよ。一気に大量に来ても困らないやつでさあ。こんなの、すぐに買おうと思ったら買えるんだから」 「あ……ごめん……」  と日向が呟く。そのときようやく、それまでたまっていた胸のつかえがとれた気がした。そうだ、ずっとこういう顔をさせたかったんだ。 「まあいいけど」  日向の顔を見ずに言い、引き出しからスプーンを二本、取り出した。
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