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「初めて聞いたかも、樹が地元の言葉で喋ってんの。本当に『けん』とか言うんだね」
「ああ、まあ……」
「何か新鮮~、ねえ、もっと喋って喋って~」
「って、言われても急に出るもんじゃないし……。地元のひとと喋ると自然に出るだけで……」
「関西弁? でもちょっと違うよね」
「母さんは愛媛だし、父さんは神戸だし……大学は京都だったから、何かいろいろ変な感じで混ざってて……。こっちに来て……仕事になったらもう、標準語しか使わなくなったし」
「それでもやっぱり、普通の標準語とは少し、イントネーションが違うもんね」
「……どこが? どんな風に?」
こっちに来てから、地方出身だと言うと驚かれることが多かった。全然方言出ないんですね……と、半分以上お世辞だったのかもしれないが、自分でもそこそこ、いい線は行っていると思っていた。それなのに違ったのか。やはり生粋の東京生まれ東京育ちの奴には分かってしまうものなのか。
急に恥ずかしくなった。
「う~ん……急に言われてもパッと思い出せないけど」
「思い出せよ」
「何でそんな食い気味なの」
「いや……」
「う~ん……たとえば、数字を数えるときとか? 微妙にちょっと抑揚がつく感じ。別に気になるってほどじゃないけど……。ちょっとしたときにあっ、て思う。でも全然変な感じじゃないよ。むしろそういうのもっと聞きたいって思ってて……」
お前が変に思うか思わないかはどうでもいいんだ。ビジネス的にまずいかどうか訊きたいんだ、と焦れたが、日向には伝わっていないようだった。
「あっ、そうだ、よく樹さ、『直しといて』って言うじゃん。あれさ、仕舞っといて、って意味だったんだね」
「え……」
「初めて聞いたときさあ、どっか壊れてんのかな、って思っちゃった。でもああ……方言なんだな、って」
可能な限り記憶を巻き戻してみる。職場でも何度か絶対言っている。でも指摘されたことはなかった。……大体訂正して、という意味で使っているからか。訂正する……は、直す、で間違いないよな……
「……何でそのとき言ってくれなかったんだよ」
「え……いや……何となく意味、通じたし」
「言ってくんなきゃずっと恥かくことになるだろ!」
思わず語気を荒げてから、こんなことに必死になっていること自体が田舎者の証なんじゃないかと思い直す。よくも悪くも日向は樹のそんな葛藤はちっとも察しておらず、「恥? 全然恥ずかしくないじゃん。何でもかんでも標準語になっちゃうのって味気ないと思うんだよね。そういうのもさ、何て言うか立派な財産……じゃん? 大切にしていこーよ。本当はずっと聞きたいくらいなんだよね。仕事上は無理かもしんないけどさ、家ではバンバン使ってほしいなー」なんて言う。
「嫌だよ」
「そんなこと言わないでさ~あ、そう言わんと~」
「嫌だ」
「え~聞きたいな~ネイティブ方言。言ってよ~、言うて言うて~、聞きたい聞きた……」
「嫌だって言ってんだろ!」
払いのけた瞬間、バンッ、と思いがけないほど大きな音がした。やってしまった樹の方がびびるほど。この瞬間だけ切り取られたら、自分は完璧にDV野郎だ。切り取ら……なくても、DV野郎なんじゃないのか。
ずっとずっと、理不尽をしてきたという後ろめたさが影のように貼りついていた。でもそれと同じくらい、理不尽をされてきたという思いもあった。今だって日向が変な風に絡んでこなければ、こんなことをせずに済んだのに。
怖々日向を覗き見る。顔を上げた日向の表情はしかし、樹が想像していたどれとも違った。日向は殴られてもいない頬を手で押さえると、「殴ったな~」と某有名アニメの台詞を真似して言った。
「……からかわれたことがあって」
ごめん、と言うはずだった。でも出たのはそんな言葉だった。
「大学に入った頃、方言で……」
「そうだったんだ……ごめん。でも俺は本当、羨ましいんだよ。……って言われるのも嫌かもしんないけど。それに少しだけ……嫉妬した」
「嫉妬?」
「俺の知らない樹がいるってことがさ」
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