Episode17

1/1
前へ
/37ページ
次へ

Episode17

「……以上の点から、株主価値はDCFだと20~24億、類似会社比較法だと18~21億、純資産法では15億となります」 「ふーん、へえ、そんなもんなの」 「本当によろしいですか? 決裁に回すにあたって詰めておいた方がいい点などは……」 「しらゆりさんがそう仰るのでしたら、それが妥当なんでしょう。役員会の方は問題ないですよ」 「スタンドアローン・ベースでの試算ですので、折り込んでいないシナジー分だけバッファーになっていますが、ただ今後、DDを通じて定量的な効果は算定しておいた方がいいかとは思います」 「シナジー……シナジーね、ええそれはね、分かってますけどね。けどなかなか定量的に示すのは難しいでしょう」 「それはそうですが、ある程度の予測を立てておくことは必要かと。交渉がヒートアップしてくると買うことそのものが目的になってしまって、高値づかみをしてしまうケースが多いんです」 「そうならないためにおたくに頼んでいるんじゃないですか」  こちらの部長が同席していないときの先方は態度がまるで違った。毎回部長に同行してもらえれば楽だが(というか案件ごとぶん投げてしまいたい)、そんな情けないことは言ってられない。  何だ。嫌がらせか。樹が担当なのが気にくわないのか。だったらそう言ってくれ。暇か、暇なのか。もうかなりの回数、彼とは面談を重ねているが、よく考えたら相手はそれだけの時間を割いている……割ける時間がある、ということだ。こんな、メールでのやりとりで済むような件で呼びつけられる時間が。  そう思うと、むらむらと腹が立ってくる。こんな風に時間を浪費して。既に導火線に火の点いた爆弾を、次に押しつけることばかり考えて。有効な手立てを講じず、誰か何とかしてくれるだろうと人任せ。投資家に背突かれてからようやく慌て出す。それなのにまだ崖っぷちに立っていることを認識していない。出世云々の前に、そもそも会社がなくなるかもしれないのにそれでいいのか。お前らの会社のことだろ。お前らが蒔いた種だろ。何でそんな他人事なんだ。他人事、というならこっちの方こそ他人事だ。ここで「やーめた」と匙を投げたって、こっちはちっとも困らないんだぞ。……いや、ちっとも困らなく……はないから、そんな子どもじみたことはやらないけども。  血も涙もなく、一円でも高く売り抜け、一円でも安く買い叩く……  そう割り切って仕事をしていた時期もあった。けれどあまりに無防備にネギをしょった鴨を見ると、こちらの手の内を明かしてでも、やめとけ、と引き止めたくなる。  実務を担ってはいるが、この部長に最終的な権限はない。部長が突っ走って、最終的に社長決裁でひっくり返されるという可能性はおおいにあった。社長ともっと意思確認をしたかったが、部長が窓口になっている以上、すっ飛ばすわけにもいかない。何度かこちらの部長とのアポを頼んではいたが、リスケ続きになっていた。買収金額について、社長の方にもご確認をお願いしますと念押しし、最終的に「分かった分かった」と言わせたものの、本当に分かっているようには見えなかった。自分で決断できるだけの知識も度量もないくせに、プライドだけは高いからひとに委ねるということもできない。というかたいした実績もないくせによくそんなプライドを持てる。  ……馬鹿を相手にするのは疲れる。  自分でも嫌な奴だ、と、ぞっとするほど冷酷な考えが浮かんだ。でも、今日のアポの感想を一文で纏めるとしたら、そんな風に限りなく黒い部分を凝縮した一文になってしまう。 「そういえばまた台風が発生したそうですなあ」  応接室から出る際、唐突に天気の話題が出た。途中からかなり塩対応になってしまったので、今さらながら気を遣っているようだった。こちらの部長とのつながりを気にし始めたのかもしれない。本当に今さらだ。 「ええそうですね。17号と18号……ふたつ一気に発生しているらしいですね」 「くっついちゃったらどうなるんでしょうなあ。今までにない、ものすごいでっかい台風になっちゃうんですかねえ」 「はあ……」 「我が社とRフーズも、そんな感じでくっついておっきくなりゃいいんですけどねえ、はっは」
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

200人が本棚に入れています
本棚に追加