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辞書で引いたような一文が、残業で疲れ果てた脳裏によぎった。
ふたつのものがひとつになって生まれる効果。ならこの生活から生まれるものは何なんだろうと、レンジのターンテーブルが回るのを見ながら思う。
日向が作り置いてくれていたおかずがあるのは知っていたが、それを器に移すということすら面倒くさく、結局コンビニ弁当になってしまう。それにどうしてか疲れているほど健康的なものではなく身体に毒なものが欲しくなる。
熱で凹んだプラスチックの容器をあけるのに苦心する。缶ビールに口をつけたら、食欲がどこかへいってしまった。
夜の十二時前。日向はもう寝ている。
観たい番組なんてなかったが、惰性でテレビをつける。外国の売春……日本風に言えばパパ活の……ドキュメンタリーで、見るつもりなんてなかったのに、何故かチャンネルを変えることができなかった。
『……次第にこういう形でしか関係を築けなくなったんです』
と、モザイクをかけられた『パパ』が、インタビューに応じている。
『普通にお付き合いをしたこともありましたが、どうもうまくいかなくて……。自分にはこういった、割り切った関係の方が合っているんだと気づきました。少なくともお金を払っている間は彼女は裏切らないから。寂しい関係? 普通はそうなんでしょうね。でも……もうこういった方法以外で、どうやって相手を繋ぎとめられるのか分からないんです。私はおかしいんでしょうか……』
「おかしいだろ」
声がしてハッと振り返ると、日向がいた。起きていたのか。
「おかえり」
「ただいま」
「あー……おかず、冷蔵庫にあったのに」
「悪い、気づかなかった」
「何でこんなテレビ見てんの」
「見てないけど。ただつけてただけ」
「こんな奴がいるから被害がなくならないんだよな。コミュ障棚に上げて、売春正当化してんじゃねーよ、って感じ。まあ可哀想だと思うけど」
そう言うと日向は後ろから抱きついてきた。
「こういうのがきっと分かんねーんだもんなあ」
絡められた腕に手を添えるかどうか迷って、結局ビールを手に取り……でもそれを口まで運ぶことはできなかった。
インタビューの対象者が切り替わる。相手はゲイで、学生の頃に『パパ』と付き合っていたと語った。『……誰にも相談することができなかったんです。そんなときネットで、そういうひとたちとつながれることを知って……初めは軽い気持ちでした』
首から下を映された彼。膝の上で組まれた手。重ねられた親指と親指が、微かに動いた。
日向によって「分からない」と彼が一刀両断されるより先に、テレビを切っていた。
「寝てたんじゃないの? 起こした?」
「ううん。なかなか寝れんくてスマホいじってごろごろしてた……とこに丁度樹、帰ってきたから」
腕にこめられた力が強くなる。
「……分かってると思うけど、俺、明日も早いから」
「ん? 分かってるよ、何期待してんの、やらしー」
「どっちがだよ。べたべたべたべた……ほんとスキンシップ過多だよなお前」
「嫌いじゃないくせに」
そう言うや否や日向は「おやすみ」と、くちづけだか何だか分からない中途半端な感じで唇を耳のつけ根あたりに押しつけ、寝室に戻っていった。
寝室のドアが完全に閉じられたのを確認してから、音量を最小限にして、再びテレビをつける。さっきまでの首から下のアングルから切り替わって、座っている姿を後ろから捉えたものになっている。対面に、深刻な顔でうなずいているインタビュアーの女性。『じゃああなたは今、パパとの関係を後悔していますか?』
『しています』
はっきりとした口調だった。
『後悔しています』
エンドロールが流れても、テレビを切ることができなかった。
ソファから立ち上がることができない。
すっかり冷めきった弁当はもう口に運べないシロモノになっている。
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