Episode04

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Episode04

 軽いノリでイマドキな滝本だが、ああ見えて偏差値70超の有名私大卒ということもあって、ポテンシャルはそれなりにある。結構な無茶ぶりをしたにも関わらず、頼んだ翌日にはそれらしい体裁に仕上がっていた。  提案書作りはクリエイティブな作業だ、と前の会社の先輩アナリストが言っていたことがある。たとえるなら画家や音楽家みたいなもんだ、機械的に数字を入れてハイハイってできるもんじゃないんだ、だからひらめくまで、神が降りてくるまで泰然自若、沈思黙考で待つしかないんだ……  で、結局、何も降りてこなかった彼の代わりにその仕事をやらされることになったときは、ふざけんな、何がクリエイティブだ、と半殺しにしてやりたくなったが、でも今となっては彼の言っていたことは半分、分かる。  ぶっちゃけ企業の価値なんて、本当のところ誰にも分かりやしない。その企業に、市場に成長性があるか、なんて、どれだけ頑張っても現在の価値や経験則から推測するしかできない。プレゼンの際は、客観的データを積み上げた合理的な数字だということをアピールするが(そして確かに許されない間違いというのもある)、どの計算方法を選ぶかによっても結果は大きく異なってきてしまう。おおっぴらには言えないが、究極、売る方買う方が納得すればそれでいいじゃないか、と、計算間違いが発覚した徹夜明けなんかは、うっかり倒してしまったドミノを前に呆然と、しかし次の瞬間やけっぱちになって、ワーッと全部崩してしまいたくなるのに似た心境にかられてしまう。  滝本は樹がどこに力を入れてプレゼンするか、逆にどこを抜くかという勘所がよく分かっている。今回も特に問題ないだろうと資料をめくり……算出された数字が思っていた以上に低いことに違和感を感じた。念のため作成に使った元データを辿っていくと、本来使用しなければならない数字と別のものを使っている。一体どういうことか問い質すと、「あっ、それやったの佐竹くんです」と、パソコン画面から目を離さないまま秒で返された。その勢いで「あっ、そう……」と引いてしまったものの、後輩の仕事のチェックをするのもお前の役割じゃないかと思ったが、猛然とキーボードを打っている滝本にもう一度アタックする気にはなれなかった。彼女が今、髪を振り乱し『猛然と』なっている仕事を振ったのは自分でもあるからだ。  しかたなく樹が直接、佐竹に声をかけると、振り向いた佐竹は開口一番、こう言った。「滝本さんに言われたとおりにやったんですけど」 「ああそう、でも間違いは間違いだから」  食い気味に、自分でもぞっとするほどキツい口調になったのが分かった。 「エクセル出して」  と言いながら、彼より先にマウスを奪い取っていた。「ここは最終年度末時点の価値だろ。年央調整前じゃなく、調整後の割引率使って。永久成長率はこのままでいいから」  分からないところが分からない……という表情をしていた佐竹だったが、「分かりました」と言ったのが聞こえたので、それじゃあ、と、マウスを返す。あとで分からなかった、とか言い出すなよ。 「今日中に直しといて」 「はい」  若干不安が残る表情をしていたが、これ以上フォローしてやる義理はないな、と自分の仕事に戻る。こっちはこっちで次アポの準備が差し迫っている。それにいざとなったら滝本がいるんだし、何とでもなるだろう。  子どもじゃないんだから、自分の言った言葉には責任を持ってほしい。
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