Episode05

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Episode05

 ナメられてるのかな……  何度言っても揃えられていない靴を見下ろし、思う。  日向が外出したのかしていないのかは、靴の様子を見ればすぐ分かる。もし日向が浮気とかしていたら、すぐに見破る自信はある。まだ不確定な証拠でもそれらしく突きつけてやったらすぐに狼狽して、ゲロるのは目に見えている。たとえこっちに非があったとしても、いいや悪いのはお前だと罪悪感を丸ごと押しつけ、ごめん樹俺が悪かった許してもう二度としないから何でも言うことを聞くから、と、泣いて縋らせて縛り付けることもきっと……できる。でも……だから、それで……?  思うとおりにならないときは、何で思うとおりにならないんだ、といらいらし、でもいざ思うとおりになっても、これは何か違う、と、やっぱりいらいらし、結局修復不可能なレベルまで粉々にしてしまう……そんな未来しか見えない。 「ただいま」と一応言ったが、聞こえていなかったのか。  それとも……聞こえていないフリをしているのか。  ソファで、テレビを見ている日向の後頭部が揺れているのが見える。「ふはは」と無防備な笑い声。いつになったら気づくだろう。日向と一緒に暮らすまでは絶対見ることのなかったバラエティ番組。スタジオで芸人が一斉に派手なリアクションを取っていて、それに合わせて日向の笑い声も大きくなる。黙ったまま背後に近づく。こんなことをしている自分は果たして、気づかせる意図があるんだろうか。無意識のうちに首筋に伸ばしていた手を慌ててひっこめ、「ただいま」と声をかける。  すると日向は、今まさに盛り上がっている番組のスタジオに自分がいるようなテンションの高さで、「わっ、びっくりした、おかえりー!」と、パッと振り返った。対向車に遠慮なくハイビームをぶつけられたときみたいに、目が眩む。  風呂に入ったあとまたリビングに戻ると、ソファにいた日向の姿勢はさっきと変わりないのに、テーブルの上に夕飯が用意されていた。ただし茶碗と汁椀はカラだ。あたたかい方がいいだろうと配慮してくれていて、ご飯と味噌汁は自分でよそうスタイルだが、正直樹はあつあつほかほかというのにこだわりはなく(むしろ猫舌なのでちょっと冷めている方がいい)面倒なので全部先によそっておいてほしい……というのを、なかなか言い出せずにここまで来てしまった。まあ、作ってくれているだけ感謝しなくちゃならないんだろう。一緒に暮らし始めてそろそろ二年。何となくの流れで分担ができてしまったけれど、本当は日向だって不満に思っていることがあるんじゃないだろうか。じっくり話し合う機会を設けた方がいいんじゃないか。でもいざ白黒はっきりつけてしまうと不利になるのは樹の方で、「じゃあ俺料理やーめた」と言われようものなら食生活がひとり暮らし時代に逆戻りしてしまう。だからのらりくらり、気がついていないフリをしている。  靴と違って箸はきっちり二本、揃えて置かれている。忙しかったり機嫌が悪かったりするとこれがバラバラになっている。 「樹、見てよこれー、超ウケるー」  テレビを指差して笑う日向は涙目だ。  見て見て、とあまりにしつこいからしかたなく顔を向けると、丁度パンツ一丁の芸人が顔面から出るもの全部出しているさまがスロー再生されていたところで、うっ、と慌てて視線を逸らす。ったく食事中に気持ち悪いもん見せるな。 「……いつも見てた番組と違うよな」 「あー、そうそう、今日は二時間ドッキリ特番みたいで」 「ふーん」  見るに堪えなかったので、スマホをいじって『忙しいフリ』をする。  ドッキリ番組、を好んで見るひとの気持ちが正直、分からない。ひとが本気で慌てふためいている姿を見て何が楽しいのか。  いつもこの時間帯、日向が好んでよく見ている動物番組……あれも大概だと思っていたが(ペットを飼う、という行為にちらつく人間のエゴイズムを見るにつけ嫌悪を感じるし、そもそも生理的衛生的アレルギー的に動物を受け付けない)、ドッキリ番組に比べたらまだマシだった。  それは小さい頃から自分が常にドッキリにかけられる、側だったからだろう。
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