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燈子はぐったりとベッドに身体を沈ませ、しばらくして「もういいから」と言うように寝返りを打って身を縮めた。呼吸をするごとに、汗の浮いた燈子の肩が大きく上下する。肩甲骨の山なりがかすかに盛り上がってまたへこむ、その動きまで艶めかしく美しかった。
沙保は見とれながらなだらかな腰の曲線をそっと手の甲で撫ぜた。星座の星をひとつひとつ辿るように腰から背中に唇で触れていくと、燈子は小さな吐息をこぼした。
「かわいかったよ」
沙保はそうつぶやいて、燈子のうなじで鼻先を遊ばせた。燈子は気だるげに振り返ると、甘えるように沙保にしなだれかかった。まだ荒い燈子の呼吸が湿った息を運んできて、ふわりと香る汗ばんだ肌の匂いも相まって、沙保は気が遠くなりそうだった。
燈子の手が伸びてきて、「動かないで」と頬や唇に残った蜜をティッシュで拭われ、沙保はその優しい手つきに身を委ねてじっと待った。燈子は最後に親指でそっと沙保の唇をなぞって、いいよとばかりに目を細めた。
魔法が解かれたように沙保は口を開いた。
「……燈子さん、」
だが沙保は、愛してると言いかけてとっさにそれを呑み込んだ。なぜだかそれは終わりを告げる言葉に思えた。
けれどハッとした時にはもう遅かった。とたんにぞんざいに編まれた世界はほころび始め、今にも切れそうな縫い目を自らほじくるように言葉があふれ出した。
「……来年も行こ、水族館」
「……そういうのはなしって前から言ってるでしょ?」
柔らかな光を湛えていた眼差しににわかに夜のとばりが下りる。そんなお互いを縛り合う約束は窮屈になるだけ、そう言われているみたいだった。裂けた縫い目から、真っ暗な穴が少しずつ口を開けていく。
「だって今はわたしたち恋人なんだから――」
「そう、今だけ、今日だけなのよ? 余計なおしゃべりはいいから黙って抱いて」
沙保の言葉を遮って、燈子は沙保の唇に噛みつくように唇を押し付けた。ひたいとひたいがくっついて、燈子の長い髪で視界が暗くなる。強引にのしかかられ、窮屈に唇がぶつかり合ってジンジン痛んだ。
珍しく恥じらった顔も、無理やり迫ってくるのも何もかも、まるでこれが最後だと言われているみたいだった。奈緒やそれまでの友人たちを切り捨て、いい加減な関係を重ねてきた結果がついに自分に返ってきたかのように思えた。
ぐだぐだと気持ちのねじれを誤魔化しているうちに、わたしたちはもうどうしようもない所まで来てしまったの――?
こんな関係にはいつか終わりが来る。そんな事は分かっていたのに、いざその気配を感じると沙保は身がすくんだ。
もうここで抗っても何をしても今さら遅いのかもしれないけれど、それならいっそ忘れられないようにしてあげる――。
だが燈子の上気した頬を両手で挟んで静かに顔を離すと、淡い鳶色の目は傷ついたように曇った。
「やっぱりこんなの嫌……?」
「……嫌じゃないよ。わかった、泣いても喚いてもやめない。離したりしないから」
「そう、その調子――」
何かが引っかかったけれど、細い声でそう囁いた唇を沙保はゆっくりと塞いだ。もう何の話をしているのか、ごっこ遊びなのか何なのか、全てが曖昧であやふやだ。本心だと言ってしまいたいのに逃げ道を塞げない。
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