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それから二人は地球最後の日が来るとしたらきっとこんな風だろうというくらい、求め合い、抱き合った。お互いの肌に点々と散った赤黒い痕だけがこれが現実だったことを物語っていた。
力尽きたように突っ伏した背中に浮いた赤いしるしに優しく口づけていくと、燈子はくすぐったそうに身をよじって笑った。つい先ほどまでの緊張感が急にほぐれて、沙保は燈子の背中にじゃれついた。
「おも。もう……亀なの?」
「どかないもん」
「……そんなこと言ってないでしょ」
「やった」
ぎゅっと燈子を抱きしめて、汗でしっとりした肌に頬ずりすると、燈子は呆れた顔を窓に向けた。窓の外では重い灰色の空が白み始めていた。今にも薄紫色に染まろうとしている空は夜明けというにはあまりにも茫々としていた。
「そろそろ寝ないと夜が明けちゃう」
「寝るまでこうしてていい?」
「……起きるまでよ」
まぶたが落ちる寸前、ちらりとこちらを向いた瞳が名残惜しそうに見えて沙保は言葉に詰まった。また都合のいい思い込みをしそうになっていることに気がついて。
何年も近くにいて、燈子のことなら何でも分かる気でいたけれど、今は彼女が何を思っているのか何も分からなかった。
わたしはあなたの何を知ったつもりでいたのだろう――。
後悔にも似た感情が湧き上がるのを誤魔化して、沙保は長い髪に顔をうずめ、小さな寝息に呼吸を重ねた。
目覚めると、いつの間に腕の中で身体をひねったのか、優しい茶色の目が間近に沙保をのぞき込んでいた。だがぱちりと目が合ったとたん、燈子は焦ったようにきつくまぶたを閉じた。不自然な沈黙が一秒、二秒、三秒……。
「寝たふりですか」
「……二度寝よ」
「へー」
「……うそ」
ぼそりとそうつぶやくと、燈子は一瞬視線を上げてすぐに逸らした。沙保はその目を下からのぞき込むと、薄い唇に触れるだけのキスをした。窓の外はもう明るかったけれど、時計を見る気にはなれなかった。
「……そろそろお別れの時間かな」
「ね、最後に愛してるって言って」
「……そしたら恋人終わり? 言わなかったらどうする?」
「ふふ、さびしい?」
そんな事決まっているのに、どうして聞くの? どうしてそんなに余裕たっぷりに笑っていられるの? やっぱり自分は燈子にとってはただの遊び相手に過ぎないんだ――。
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