6.染み

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 今でも同窓会で話題になるのだろう。あの先生とあの先生が結婚しただの、子どもができただの、校歌が変わっただの、指定の靴下の種類が増えただのと、奈緒はオチまでしっかりつけて楽しげに語った。  そんな小さなことで一喜一憂していた頃が懐かしかった。奈緒の話す母校は記憶とはだいぶ変わっていたけれど、それでも二人は時が遡ったかのように話に花を咲かせた。  そしていつかは来るこの話題。彼氏なんてもちろん沙保にはいないし、何も知らない奈緒にそう簡単に恋の話なんてできるわけがない。でもこうやって話をぼかしつつ身を躱すことくらい、もういく度も経験していた。 「彼氏は? いる?」 「今は仕事に夢中かな……。奈緒こそどうなの」 「変なのばっかり寄ってきて困る」  思いがけず奈緒の口からため息がこぼれる。順風満帆、幸せでいてくれたら素直に妬ましく思えるのに。  一見大人しそうで清楚な雰囲気の奈緒は、揃いも揃って古風なタイプの女性を好む男性ばかりに好かれるらしい。見た目に反して意思が強く、はっきりものを言う奈緒には窮屈なのだそうだ。 「奈緒には絶対いい人が現れるから、それまで変なのに捕まっちゃ駄目だよ~」  思わず親目線で心配してしまった沙保に、奈緒は少し躊躇してこう言った。 「さっつんは男性が嫌いなの?昔からみんなで恋バナしてても他人事みたいだったから」  この手のことはよく聞かれるけれど、一向に慣れない。隠すのが上手くなっただけだ。 「いや、そういうわけじゃないよ。どうでもいいだけ。だからこんな見た目になっちゃったのかな」  サイドを刈り上げた髪も、徹底したパンツスタイルも気に入っていたけれど、あえて沙保は苦笑してみせた。胸に広がった茶色の染みはそのほうがいいと言っていたから。  ここまで言えば八割方の人はそれ以上聞いてはこない。案の定、奈緒もそれ以上は追及しなかった。 「でもさ、声をかけてくれる男の人たちよりさっつんのほうがいいな」  少し緊張がほぐれたのか、奈緒は気を取り直して昔のような軽口を叩いた。高校時代は何度もヤキモキさせられたものだった。  沙保は心の中でため息をついた。  ヘテロはこれだから困る。いくらマニッシュな出で立ちをしていても私は女なのに――。  恋愛対象にならない以上、こんな風に無邪気に男と並べられるのは嫌だった。実際には、奈緒の中で同列になんてなりようがないのだから。  高校の頃はこういう時にいちいち赤くなってしどろもどろになっていた。時折そんな沙保をからかって、思わせぶりなことを言うところが奈緒にはあった。 「……奈緒はさ、そういうのは好きな人に言いなね」 「沙保、変わったね。当たり前だけど、もうあの頃には戻れないんだね」  奈緒は小さくそうつぶやいた。奈緒の中で沙保の時計は長い間止まっていて、それはきっと自分の奈緒に対する思いもまたそうだったのだろうと沙保は思った。 「勝手にいなくなって本当にごめん……。でも奈緒やみんなが嫌になったわけじゃないってことだけは信じてほしい」 「もういいよ。それに今日は私も調子に乗りすぎちゃった。大人げなかったな」 「……でもあの頃、奈緒はああやってよく分かんない奴だと思われてた私の居場所を作ってくれたよ。感謝してる」 「別に面白そうな子だなって思っただけだよ。みんなが気づいてなかっただけ。お礼はいいからまた会ってくれたら嬉しいな」 「もちろんだよ。高校時代の友達が一人もいないのも寂しいし」 「よかった、もう一度会えて」  奥二重の目を細めて、奈緒は懐かしい笑顔を見せた。胸がきゅうっとなる感覚を昨日のことのように思い出せるのに、胸が高鳴ることはもうなかった。ホッとした一方で、時間の経過を少し寂しく感じる自分が意外に思えた。
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