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7.出会い ※
奈緒に会った次の週、相変わらず沙保は燈子と過ごしていた。
会いたい。バイト後にスマホを見ると、たった一言だけメッセージが送られてきていた。色々と理由をつけたがる燈子にしては珍しくて、なんとなく心配で駆けつけたのだった。
とりあえずコンビニでうどんと油あげを買ってマンションに行くと、燈子は「早いわね」と拍子抜けするくらいあっけらかんと目を丸くした。
「今日はきつねうどん?」
ニコニコしながらコンビニの袋をがさごそしている燈子を見ていると、なんだか力が抜けてしまう。
「もー……、心配したんですよ」
「ふん、すいませんねー。……だけどありがとう」
ずらりとアルコールの並ぶ冷蔵庫にまだ卵が残っているのを確認していると、ほんのり温かな体温がぴとっと背中に張り付いた。
「……でもまだおなか減ってないの」
ぼそぼそ言いながらこんなふうに甘えられたらもう堪らない。ここに来た理由も何もかも頭から吹っ飛んで、気づいたら寝室でベッドに押し倒していた。
それなのに腕の中でどんなに乱れても、燈子が一番幸せそうな顔をするのはいつだって事が終わった後だった。今日もまた、肌と肌をぴったり重ねて、上下する胸の動きまで重なって、ようやく燈子は安心したようにホッと息をついた。
――安心? そうだ、燈子さんは安心したかったんだ。でもいったい何が不安なの?
ようやくまともな思考が戻ってきて、切り出そうと思って出かかった言葉は、燈子の物憂げな声に遮られた。
「ずっと二人でこうしていられたら、何も見たり聞いたりしないですむのにな……」
ぺたりと沙保の胸もとに頬をくっつけていて、燈子の表情はよくわからない。でも責める響きはなかったから、沙保はただむきだしの肩にそっと腕を回した。
「今日、何かありました?それとも私が何かしちゃった?」
「そうじゃないの。……もう私ったら、沙保を巻き込むことないのにね」
「えー、ちょっと嬉しかったのに」
「ふふ、ばかね。ただちょっと取り残された気がしただけ」
何から? と首を傾げた沙保に、笑いかけながらも燈子の目はどこか遠くを見ていた。
「……実花のこと覚えてる?」
記憶をたどると、燈子と出会った頃の思い出が蘇る。
「燈子さんの好きだった人」
「そう。その実花はね、もうママなんだって。ずっと連絡取ってなかったけど、別の同期が教えてくれたの」
実花という女性とは、燈子と出会った時に一度会ったきりだ。
彼女が結婚して出産して子育てしている間、燈子さんはずっと私と一緒にいてくれたんだ――。
そう思うと、時間の流れを意識してこなかったことが申し訳なくて仕方なかった。
「……ごめんなさい。私は燈子さんを縛っているね」
「全部私が選んで決めたことよ。私の問題だから」
「でも……。だとしても私は燈子さんを置いて行ったりしないよ」
「そんなこと言わなくていいの。優しいんだから、沙保は」
優しい――本当にそうだろうか。いつかも同じことを燈子に言われ、同じことを考えたような気がした。
燈子と出会ったのは沙保がまだ大学生の頃だった。その日は所属していた演劇サークルの公演最終日で、終演後には打ち上げで皆で夜の街に繰り出していた。
蒸し暑くむせ返るような人混みの中、千秋楽の高揚感が都会のネオンをいっそう眩しくきらめかせる。
何かが起こりそうな夜だった。それはまるで夏の夜の夢のように。
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