贈り物

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贈り物

 部屋は比奈が出て行った状態のままで、両親には抜け出したことは、知られていないようであった。 「黎明様。今日は本当に、ありがとうございました。とても楽しかったです」 「いい気分転換になったか?」 「はい」  比奈の笑顔に、黎明は満ち足りた笑みを浮かべた。 (比奈のためにも、早いとこ、この部屋に呪術を施したやつを、見つけないとな)  黎明は部屋の隅に貼られている札に、視線を向ける。だが、本来であれば辿れるはずの妖力の糸が、見えなかった。 (相手はかなり術に詳しいようだし、苦戦しそうだ) 「黎明様。実は、以前からお聞きしたいことがあったのですが」 「ん?」  黎明は首をかしげて、話すように促す。 「黎明様は、この部屋にかけられている結界と、このお守りが本当に良き物だと思いますか?」  比奈の指摘に、黎明は目を見開いた。  彼の仕草で、比奈は自分が抱いていた疑問が確信に変わり、小さく息を吐き出す。 「これは良くない物。でも、妖怪除けになっているのも、事実なのですね」 「……気付いていたのか」 「確信があったわけではないんです。でも、お坊様に頂いてから、ずっと不安な気持ちが消えないので」  比奈の言葉に、黎明は空を仰ぎながら、首筋を撫でる。 (まさか、本人が気づいているとはなぁ。これはますます解決を急がねぇと)  黎明は袖に手を入れた。 「比奈、左腕を出して」  黎明の言う通り、比奈は腕を差し出す。黎明はその腕に、袖から取り出した翡翠で出来た腕飾りをつけた。 「これは?」 「正真正銘のお守り。俺の妖りょ……じゃなくて、知り合いに、妖怪除けの念を込めてもらった。俺の力も入ってるから。肌身離さず持ってな」 「きれい。それになんだか、落ち着きます。わざわざ、ありがとうございます」  月明りにきらりと光る腕飾りを、比奈は嬉しそうに撫でる。  そんな彼女のことを、自身の妖力が守るように包んで行くのが、黎明の目に映った。 (これで、多少は比奈を守れる、かな。少なくとも、相手の隙を作ることができる) 「喜んでもらえてよかった。ただし、その首のお守りも外すなよ」 「なぜです?」 「もしかしたら、それは比奈の居場所を探知しているかもしれない。怖がらせるかもしれないが、外すとそいつがすぐに、襲ってくるかもしれない。場合によっては、きみの家族を狙うか可能性もある」  黎明の言葉に、比奈は顔を青くする。そんな彼女の肩を掴み、黎明は真剣な瞳で語りかけた。 「俺があげたこれも確かに、比奈を守る。だが、触れた相手を消滅させるほどの力はない。だけど、なにかあればこれが、俺に異変を知らせてくれる。ほら」  そう言って、黎明は左手首につけた同じ腕飾りを比奈に見せる。 「これは互いに引き合うんだ。片方になにかあれば、もう片方が反応を示す。だから、これだけは信じてくれ。俺はなにがあっても、比奈を守る」 「黎明様……」  二人の間に沈黙が包む。柔らかな月明かりが、二人を照らしていた。 「どうして、そこまでわたしを気にかけてくださるのですか? 兄様の妹だからですか?」 「それは違う。たしかにきっかけは神流だけど、あいつの妹だからってわけじゃねぇ」 「なら、わたしが異能持ちだからですか?」 「っ!?」  黎明は傷ついたように、眉を寄せた。 「なんで、そんなことを言うんだよ。まるで、俺が」 「……申し訳ありません。今まで、わたしに近づいて来る方々は、みんなそうでした」  比奈は顔を覆う。 「黎明様が、そういう方ではないというのは、本当はわかっています。でも、怖いのです。人を、兄様以外の方を信じるのが、怖い。ごめんなさい。ごめんなさい、黎明様」  黎明はぐっと唇を噛むと、比奈を抱き締めた。 「俺も同じだよ。俺に近寄ってくるやつらは、みんな俺の肩書きしか見てねぇ。でも神流と出会って、比奈と出会って、俺は少しずつ変わっていけてる。だから、二人の力になりたい。比奈を苦しみから、解放したいと思うんだ。この気持ちに、偽りはない」 「黎明様……」  比奈はおずおずと、黎明の着物を握り、彼の胸元に耳を寄せる。ひどく緊張しているのか、黎明の心臓の脈打ちはとても早かった。それを聞いて、なぜだか比奈は安心した。 「ふふっ」 「な、なんだよ」 「黎明様、とても緊張なされているのですね」 「あ、当たり前だろっ! 正直、とっさに比奈を抱き締めちまったし」 「兄様が見たら、発狂するかもしれません」  比奈にそういわれて、慌てて彼女を解放し、黎明は辺りを見回す。 「さすがに、兄様は仕事を放ってまで、来ませんよ」 「そ、そうだよな。いや、つい」  反射的な行動とはいえ、過剰になりすぎたと、黎明は笑う。彼を見て、つられるように比奈も笑みを浮かべた。 「そろそろ、俺も帰るな」 「はい。どうか、お気をつけて。今日は本当に、ありがとうございました」 「俺も楽しかったから。それと、坊さんのことも、調べてみるし、手紙の相手のことも、俺に任せてくれていいから」 「なにからなにまで、本当に申し訳ありません」 「気にすんなよ。俺が好きでしていることなんだから。それじゃあ、おやすみ」 「おやすみなさいませ」  黎明は塀の前まで来ると、一度振り返り、左腕をあげて挨拶をする。比奈もそれに答えるように、左腕をあげて小さく手を振る。互いの手首には揃いの腕飾りがきらりと輝く。  比奈に見送られ、黎明は軽く足に力をいれて、塀の向こうへと姿を消した。
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