治癒の異能

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治癒の異能

 八丁堀の外れ。少し薄暗い場所にある家に、頭の皿にひびが入った河童や、割った皿の破片で肉球を傷つけた猫又。血色の悪い顔をさらに青白くさせた幽霊など、いわゆる【妖怪】と呼ばれるモノたちが、列をつくって出入りしていた。  その家の戸口には『人間妖怪問わず、どんな傷も病も治します』と、書かれた看板が立てかけられている。  そう。彼らはみな、治療のために、その家を訪れているのだ。  玄関にほど近い一室で、艶のある美しい長い黒髪と、黒曜石のような瞳瞳を持つ人間の少女、比奈(ひな)が、上半身をさらした大きな化け狸の背中の火傷に、手を向けた。 「それでは、始めます」  彼女の手が淡い緑の光を放つ。すると同じ光が火傷を覆い、瞬く間に傷が塞がっていった。 「――はい。これで、もう大丈夫です。傷はなくなりましたよ」 「おぉ! 痛みがとれたぞ!」  狸は火傷の疼きが消えたことで、喜びを表すように、尻尾をぶんぶんと激しく振る。 「婆を驚かそうと、ちょっといたずらをしたら、兎に『おまえのせいで、お婆さんが怪我をした!』と、倍返しの報復をされてなぁ」 「何事もほどほどに、ですよ」 「わははははっ! その通りだ。治してくれたこと、感謝する!」  化け狸は娘のそばに控えていた母親に、治療代を手渡す。 「ありがとうございます。……まさか、葉っぱとか言いませんよね?」  母の言葉に、狸はがはははっと笑う。 「安心しろ。本物の金だ」  そう言って、ポンッと腹鼓を打つ。 「そうですよね。失礼いたしました」 「にしても、噂通りであったな」  立ち上がった狸は、比奈を見下ろす。 「美しい治癒の異能を持つ娘。せいぜい、命を取られぬよう、気をつけることだ」 「……ご忠告、ありがとうございます」  彼女は怯えを隠した作り笑いを、狸に頭を下げた。  それを見て、化け狸は上機嫌なまま、部屋を出て行く。  彼を見送り、比奈は胸元を抑えながら、小さく息を吐きだした。 「大丈夫ですか? 少し、休憩にしましょうか? 外でお待ちになられている方々に、言ってきますよ?」  気遣う母に、彼女は微笑む。 「問題はありません、母様。次の患者様を、お呼びしていただけますか?」  本人にそう言われ、母親は心配そうな顔をしながらも、立ち上がった。  人間の中には、稀に異能を持って生まれてくる者がいる。身体能力向上や防御力向上など、さまざまな異能力があるなか、比奈は珍しい、治癒の力を持っていた。
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