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黎明と神流の出会い
あれから数日後。神流は憂鬱な気分を引きずりながら、番方(警備)の仕事の一つである大江戸城の城内を、巡回していた。
城は、将軍家の鬼一族が住む場所。
鬼たちは妖怪の中でも、最強の種族である。だが、将軍の地位にいることと、城が政治の要でもあるため、非常に警備が厳しい。
それらの理由から、番方に就いているモノは、妖怪ばかり。しかし、神流はその中で唯一の人間である。
人間という弱い種族である彼がこの仕事を続けられているのは、比奈と同じように異能力を持っていることが、大きい理由だ。神流が持つ異能は、妹とは真逆の、万物を破壊する力。
本来、妖怪と人間では、種族の差から純粋な力勝負では、どうしても負けてしまう。しかし神流のそれは、妖怪に匹敵する力を発揮することができる。
「はぁー」
「ずいぶんと、でかいため息だな。神流」
名を呼ばれ、神流は顔を上げる。するとそこには、気さくな態度で片手を上げて挨拶をする青年の姿があった。
彼は洒落た感じに着崩した町人の質素な着物を身にまとい、昼間でも月のように輝いている金色の瞳には、人懐っこい色を浮かべている。そして、艶やかで青みがかった黒髪からは、鬼を示す二本の角が見えている。
「よっ」
「黎明様」
その青年こそ、現将軍の第二子、黎明である。
本来であれば、神流の町人という身分では、黎明と直接会って話をすることなど、決して叶わない。
しかし二人は、とある事件をきっかけに、交流を持つようになった。それが三年前の出来事である。
当時、人間に擬態できる薬で、人間になった黎明は、供も付けずに、一人で町を散歩していた。
妖怪と人間が一緒になって仕事をしている様を見て、黎明は微笑んだ。
「平和だなー」
そんな風に、のんびりとすごす彼に、怪しい影が忍び寄る。
「将軍のご子息、お覚悟!」
「っ!?」
咄嗟のことで反応ができず、黎明の目前に刺客の白刃が迫る。彼は思わず、目を強くつぶった。
ガキィィン!
辺りに金属同士の甲高い音が、響きわたる。
黎明が恐る恐ると目を開けると、そこには敵の刀を受け止める黒髪の青年がいた。それが、神流である。
神流は異能を発動させており、普段の黒から紫へと変化した瞳で、敵を睨みつけていた。そしてそのまま力業で、相手を押し返す。
それに黎明を含め、相手も驚いたような表情をした。
(人間なのに、妖怪の攻撃を防いだ……。こいつ、珍しいといわれる異能持ちなのか)
黎明が唖然とした表情をしているなか、神流は冷静に敵と向き合う。
「白昼堂々と、しかもこんな人の往来があるところで殺しをしようとするなんて、随分と考えなしの野郎だな」
「くっ。人間の分際で!」
刺客である妖怪が、忌々しそうに言うと、神流は鼻で笑った。
「その人間様に、押し負けたくせに」
「……まずは、貴様からだ!」
妖怪は己を馬鹿にしてきた神流に矛先を向け、飛びかかる。周囲で様子を伺っていた者たちから、悲鳴が上がった。
「っ!? おい、おまえ!」
「そこを動くな」
黎明も焦って、呼びかける。だが、神流は短い忠告をすると、自ら敵へと向かっていく。
「ちょ! おい!」
慌てて黎明も加勢しようと、己の腰にさげている刀に手を伸ばした。しかし、
「へ?」
倒れたのは、刺客のほうだった。血が流れていないところを見ると、峰打ちをしたらしい。
「威張っていた割に、この程度か」
地に伏せる敵に、神流は冷めた目で見下ろしつつ、そう呟いた。刀を鞘に納めると、彼の瞳も黒へと戻る。
「すげぇ……。おまえ、すごいな!」
「は?」
黎明は目を輝かせて、神流に走り寄り、ガシッと手を握る。
「人間なのに、こうもあっさりと妖怪を倒すなんて、驚きだ! おまえ、異能持ちなんだろ!?」
「あ、あぁ」
黎明の勢いにおされ、神流はしどろもどろになりながらも頷く。
「あ! まだ礼を言っていなかったな。助けてくれて、ありがとう。おまえがいなきゃ、俺は殺されていた」
「たまたまだ。目の前で人が死ぬのは、見たくなかったからな」
神流の言い分に、黎明は小さく笑った。
「俺は黎明。おまえは?」
「神流だ」
黎明が差し出してきた手を、神流は握り返した。
「神流はどこかに仕えているのか? それだけの腕があるんだから、重宝されてるだろ」
「いや。むしろ、仕事を探している最中だ。今日も、口入れ屋(職業周旋屋)の帰りだし」
「は!? 勿体ねぇ! だったら、俺が紹介してやるよ!」
黎明は袖から矢立(携帯筆記具)と紙の束を取り出すと、さらさらとなにかを書き、その部分を破って、神流に差し出した。
「明日の昼九つ(現在の正午)に、これを持って、そこに書かれている場所に来い」
「はぁ?」
神流は紙に視線を落とす。そこには、大江戸城の番方の庁舎の名前が書かれていた。
「いったいなんの騒ぎだ!」
そこへ町の同心たちが駆けつけた。彼らの姿を見て、黎明は焦る。自分が将軍家のモノである事情を、話したくなかったからだ。
「やべっ。じゃあ俺はこれで! また明日! ちゃんと来いよ!」
「ちょ、おい!」
言いたいことだけ言って、彼は去っていった。
「神流、ここでなにがあったのだ」
「父上」
駆けつけた者たちの中に、自身の父があり、神流は書状のことは省いて、起きたことを説明した。
翌日、彼は渡された紙に書いてある通り、大江戸城の番方の庁舎を訪れた。
「おっ。ちゃんと来たな」
そこには一人の鬼の角を持つ青年がおり、神流に親しみをこめた笑みを見せる。
それでようやく、神流は黎明の正体に気づいた。
「改めて昨日は助けてくれてありがとな! そんでもって、正式に名乗っておこう。俺は現将軍、明星が息子、黎明だ。よろしくな」
黎明はにっと歯を見せて笑うが、神流はその場で土下座をした。
「申し訳ありません! あなた様が上様のご子息とは知らず、大変な無礼を!!」
「あー、待て待て! 俺は公の行事にもあんまり出ないし、なにより、言わなかったのが、悪いんだからさ。んなことより、早く立て。仕事、紹介してやっから」
黎明は神流の腕を引っ張って立たせると、そのまま庁舎に入る。そして、自分を助けた褒美として、彼を番方の仕事に就かせるよう、番頭の見越入道の観勒に進言。
神流は恐れ多いと辞退しようとしたが、黎明の兄の暁星までやってきて、弟を助けた礼だと言われ、神流は承諾せざるを得なかった。これが黎明と神流の出会いである。
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