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神流の悩み
あれから三年。黎明は執務に嫌気がさす度に、神流のもとにくるため、必然的に身分差など関係なく、二人は親しくなり、交流が続いている。
近寄ってくる黎明に、神流は呆れた表情を見せた。
「また執務から、抜け出してきたのですか?」
「休憩だ。きゅーけー」
黎明は口を尖らせて、反論する。
「しかし、いつもそう言って、執務をなさらないと、ほかのモノが申しておりましたよ」
「……気のせいだろ! それより行くぞ」
黎明は意気揚々と、歩き出したので、神流は慌ててつき従った。
「行くって、どこにですか?」
「もちろん、町に。やっぱり、町の様子は見ておかないとだろ? あ、神流は俺の護衛として、連れて行くことを、番頭の観勒に言ってきてあるから、心配すんな!」
胸を張って言う黎明に、神流は頭を抱えたくなる。
「……わかりました。お供させていただきます」
神流はため息をつきつつも、おとなしく従うことにした。
黎明は薬で、人間に化け、町へと繰り出した。
「それで、町に出たということは、なにか目的でも?」
「そんなもんねぇよ。適当にぶらぶらしたいだけ」
その言葉通り、二人は刀を見たり、大道芸を見たり、自由気ままにすごす。
途中、黎明と神流は茶屋で大福を買い、人気のない河原に並んで座って、食べることにした。
神流は大福を口の中に放り込んで、あっという間に食べてしまうが、黎明は味わうように、ちまちまと食べ進める。
「で、神流は何を悩んでいるんだ? 最近、ずっと考え事をしてるだろ?」
未だ食べきらない大福を片手に、唐突に黎明が問いかけた。
(なるほど。俺を連れて出られたのは、これが聞きたかったからか)
黎明の意図を理解した神流は、手に付いた大福の粉を、手ぬぐいで丁寧に拭いながら答える。
「黎明様がお気にするようなことでは、ありませんよ」
「気になってっから、聞いてんだろ! いいから話してみろって」
ぐいぐいと来る黎明に、神流は眉を寄せるも、悩みは口にしなかった。だが黎明はじっと、話し出すのを待つ。
あまりにも強い視線に、神流は深くため息をついて、諦めて重い口を開いた。
「実は、妹のことで」
「妹? え? おまえと同じように不愛想なの?」
「なんです?」
「い、いや。ごめん」
もともと目つきが悪い神流だが、まるで尖った剣先のような鋭さで、無意識に黎明を睨む。あまりの迫力に、黎明は反射的に謝った。
「えっと……。それで、そんなに悩んでるってことは、婚姻でもするのか? おまえ、妹大好きかよ。お祝いしなきゃな」
「妹を大切に想っているのは事実ですが、勝手に話を進めないでいただきたい」
「じゃあ、なんなんだよ」
神流は視線を落とし、手を組んだ。
「黎明様は、癒しの異能を持つ娘のことを、知っていますか?」
「噂ではな。……もしかして、おまえの妹が?」
黎明の言葉に、神流は頷く。
「まさかこんな身近にいたとは。兄妹揃って異能持ちって、初めて聞いたぞ」
異能持ちはとても珍しい存在である。実際、黎明が知っている異能持ちは神流しかいない。
「それで、妹は狙われていたりするのか?」
「今は大丈夫です。六年ほど前に、父が連れてきた僧侶の方に、結界を施してもらったので。『わしの結界であれば、妖怪たちは入って来れない』と言って」
「それ、めちゃくちゃ怪しくね!?」
黎明は思わず、顔を引きつらせる。だが当の本人である神流は、不思議そうに首を傾げた。
「そうですか? 霊能者を謳う者は、たいてい胡散臭いものでしょう」
「俺はそんな奴を家に上げたことに、驚きだよ!」
神流の危機感の無さに、黎明は顔を覆った。そんな身分が上の友の様子に、神流は不服そうな表情を見せる。
「仕方ないではありませんか。当時、なぜかやたらと異能目当ての妖怪たちに、狙われていたんです。半信半疑でしたが、それで妹が守られるならと」
「異能持ちを食すと、寿命が伸びて異能を引き継げるってやつか。根拠の無い噂だが、馬鹿な奴ほど信じてる」
黎明は忌々しそうに、舌打ちをこぼした。
「ええ。その結界が施されてからというもの、実際に妖怪が妹の部屋に侵入することは、なくなりました」
そう話す神流だが、表情は未だに晴れない。
「でもよ、神流の本当の悩みって、それじゃないだろ? 妹は安全な場所にいるわけだし」
黎明の鋭い指摘に、神流は俯いた。
「……父が、変わってしまったんですよ」
神流は静かに、語り出した。
「昔は優しく、正義感あふれるお人だったんですが、今の父は、妹の能力を使い、『人間妖怪問わず、どんな傷も病も治します』と銘打って、商売を始めたんです。もう、妹を金儲けの道具としてしか、みていないんです。
母は父の意見には逆らいませんし、妹も襲われたことが多々あったせいか、外に行くのを怖がっていて。それで今の生活は仕方ないと、受け入れてしまっているんですよ」
「なるほど。神流はそれを、どうにかしたいわけか」
黎明はようやく大福を食べ終え、指についた粉を舐めながら、考え込む。
彼の様子をみて、神流は慌てた。
「あ、あの黎明様。これはあくまで、私の家族の問題ですので、あなた様がそのように悩まれる必要はございませんよ」
「ん? んー、まあ聞いといてなんだけど、そうだな。家族間の話となれば、俺が下手に介入するわけにもいかねぇし。今のところはだが」
「今も何も……。ただの私の愚痴ですから。日ももうじき暮れてまいります。城までお送りいたしますので、お立ち下さい」
神流は先に立ち上がり、黎明を促す。
「一人でも帰れるぞ?」
「あなたが番頭に、護衛として連れて行くとおっしゃったのでしょう? 一人で帰したと知られれば、叱られるどころか首が飛びます。現実的に」
「そ、そうだな。うん。一緒に帰ろう」
黎明は普段から庶民の出で立ちで好き放題をしているが、どうしても将軍の息子という肩書がついてくる。自分の身勝手な行動で、大事な親友を失うわけにはいかないと頷き、神流と共に歩きだした。
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