鯉の滝登り

1/1
前へ
/13ページ
次へ

鯉の滝登り

僕は中・高時代の6年間、ずっと体育会系の部活に入部していました。ごりごりの縦社会で、合宿に行けば先生のユニフォームをドライヤーで乾かすまで寝れないという謎のしきたりのせいで2時くらいまで起きていたこともあります。そんな中でも、自慢ではないのですが、風邪で39度を超えたとき以外で休んだことはほとんどありませんでした。 こう書くと、さぞかし根性があってやる気に満ちていて、バリバリの肉体派なのだろうと思われるかもしれないけど、まったく逆です。 むしろ、昔もいまも上昇志向強めの人とは相容れないし、6年間の部活のせいで縦社会が嫌いになりました。 正直、もうお腹いっぱいです。 僕は学生時代から平均的で生きていきたいと思ってたタイプの人間で、テストも赤点さえ取らなければいいだろうと思っていました。 「やれば出来る」っていう言葉がすごい嫌いでしたね。きっとみんな可能性があるのだろうけど、やりたくないです、って感じです。 そもそも、みんなが言う「やる気」って本当に必要なんでしょうか。 それだとしたら「やる気」がなければやらなくていいですよね。けど、そう言うと怒られるし、もうどうしたらいいのやらって感じです。 やる気なんてツチノコレベルの摩訶不思議な存在がなくったって、やるべき事なんてぼーっとしてても後から後から流れて来るわけで、必要なのは「やるか」「やらないか」の二択でしかないと個人的には思うんですが、どうでしょう。 向上心っていうのは大事なことだとは思うんですけど、上昇志向がある人って嫌いなんですよね、昔から。 ちょっと前に流行った、所謂「意識高い人」ってなんか押し付けがましくて苦手。マイルールとかマイ哲学とかが強めで。 たとえば、滝に昇って龍になった鯉とかを見て、「アイツは龍になった、俺たちも頑張るぞ」みたいに熱を上げられても、きっと他の鯉にとっては「いや、鯉で充分ですよ」とか、「僕は別の方法で龍になりますよ」とかってありますよね。 もし僕が鯉だったら、龍になるだけが人生のすべてじゃなくない?って言います。きっと。 ☆☆☆☆☆☆★★★☆☆☆☆☆☆ 僕は流されて生きていたい。 他人や、 環境や、 時代ではなく、 自分の心に流されたい。 気楽に生きて、好きな人たちだけに囲まれて、 できるだけ苦労なんかせずにぼーっと過ごしたい。 そんなことを考えながら、ホームの冷たい風を肌に感じる。 過ごしやすい季節になってきましたね。 夏は終わったかな?
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加