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一話:ただのウサギはウサギを殺す
うさ耳は萎れ、うさ尻尾はピクピク動いている。私が生まれ持つ兎人族(とじんぞく)の証が、心情を察しているのだ。目の前にいる丸ウサギという真ん丸なウサギも同様に忙しなく動いている。
でも、その動きは私の手によって止められた。
両手で強く握っている安物のナイフを丸ウサギ目掛けて振り下ろしたのだ。
「――キュ……」
「……ごめんね。本当は殺したくないけど……生きるためなの。ごめんね」
原始的なトラップにかかった丸ウサギを、楽に死ねるように一撃で仕留めた。
命を奪った代償として、顔や服などに返り血を浴びる。とても生臭い。
また冷たい川で体を洗わないといけないと思うと、体がブルブルと震えてくる。
今の季節は春。日中は暖かくて過ごしやすいけど、日が落ちてからは肌寒くなる。
でも、日が落ちるまで丸ウサギや角ウサギを狩らないと、約束した金額には近づかない。
……ウサギをいくら狩っても、大したお金にはならないから、何百年かかっても払いきれはしない……。
けど、お金を稼ぐという、その心意気が重要なはず。知らないけど。
「……はあ。いつまでこんなことをしないといけないのかな」
私はマスターから譲り受けた、一見ただの布製の袋にしか見えない【道具袋】に丸ウサギを収納する。これの中には別空間が広がっていて、いくらでも物が入れられるらしい。
その他にも、どんなに大きな物も入るし、保存もある程度効くみたい。
「今日はもう帰ろう」
上を向くと、木々の間から夕焼けに染まる空が見え隠れしている。小一時間もすれば、完全に日が沈むことだろう。それまでには帰らないと、魔物が活発に行動し始める。
そうなってしまえば、私は簡単に死んでしまう。だって、私は兎人族だから。
兎人族は戦う力を持ち合わせていない。それは、丸ウサギも角ウサギも一緒。
でも、私より弱いウサギは金稼ぎのために命を刈り取られてしまう。殺しているのは私だから、全く他人ごとではない。それに同じうさ耳とうさ尻尾を持つウサギを殺すというのは、とてつもない罪悪感だ。
……今日は何匹殺したのかな。
そう思いながら、森の中を歩いていく。
「……キノコと薬草、摘んで帰ろうかな」
キノコは今日の夜ご飯だ。
薬草は安いけど、冒険者ギルドで買い取ってくれる。少しでも多く、お金を稼がなければならない。
私は始まりの街――【アルケー】までの道のりを、キノコと薬草を摘みながら歩く。
摘むのに夢中になっていると、すぐに森を抜けた。
そこからはもう近い。歩きでも十分もかからないうちに着く。
【アルケー】は小さな街だけど、塀に囲まれていて、魔物などの襲撃に備えている。塀は十メートルほどあり、飛び越えるのは不可能に近い。跳躍力には定評のある兎人族でも無理。
だから、【アルケー】に入るには四方にある門から入らなければならない。
「やあ、ルーナちゃん。今日も遅くまでご苦労様」
「ケニーさんもご苦労様です」
門に近づくと、黒髪の青年が話しかけてきた。ケニー・ミーレスという名前の兵士で、私と仲良くしてくれている。私はケニーさんと呼んでいる。
先ほどの軽い挨拶は【アルケー】に愛玩奴隷として売られにきた半月前からしている。だから、日課と言っても過言ではない。……多分。
言うほどのものでもないと思うけど、愛玩奴隷として売られそうになった理由は、私が奴隷商人に捕まってしまったからだ。
住処としていた森に何らかの気配を感じた族長の指示で大移動を始めたけど、体力の無かった私は仲間に置いていかれて、そのままはぐれてしまったところを捕らえられたのだ。
その後、【アルケー】に連れてこられて、運よく気のいい人達に救われた。その人達が居てくれたからこそ、今の私がある。
ちなみにケニーさんも、その中に含まれている。
「今日も可愛いね」
「毎日言っていて、飽きないの?」
「飽きるも何も、本当のことを言っているだけだよ?」
「……さも当然のように言っているけど、私、兎人族だよ?」
「それがどうしたんだい? 僕達と何も変わらないじゃないか」
「……ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
兎人族……というか、獣人族は国によっては迫害の対象になっている。人にはない獣耳や尻尾、特殊な能力が備わっているだけなのに忌み嫌われている。
兎人族にその特殊能力というものが備わっているのかは、わからないけど。
確か、【アルケー】がある【アレセリア王国】での獣人族の扱いはかなり良い方で、人と同じように人権もある。
でも、貴族階級の人からは差別されている。……一部の人からではあるけど。
「ケニーさん、私、行くわ」
「うん。またね」
門を潔く通してもらった。街に入り、しばらく歩く。
後ろに振り返ると、ケニーさんは手を振っていた。
私は手を振り返す。これも日課の一つだ。
「さて、早くギルドに行って、ウサギと薬草、買い取ってもらわないと」
私は冒険者ギルドまでの道のりを、慣れた足取りで向かった。
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