十話:ただのウサギは目を覚ます

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十話:ただのウサギは目を覚ます

 目が覚める。少し体が怠いけど、腕の痛みはない。誰かが回復魔法で治癒してくれたのだろう。……というか、ここどこ?全く見覚えがない部屋だ。  寝かされているベッドは決して柔らかくはないが、寝心地は悪くない。村で過ごしていたときも、【アルケー】に来てからも、地べたで眠っていたから、そう思うだけだろうけど。  私は頭を動かし、辺りを見回す。……あまり家具は置いてない。  簡素な作りの机と椅子に四段のタンスが二つ並んでいる。他にも、本が並ぶ本棚もある。  けど、それ以外には何もない。ここがどこだかはわからないけど、少なくとも誰かが暮らしているというわけではなさそう。  でも、【索敵】には反応がある。一人がこちらに向かって来ている。誰だろうか。反応から、かなり強い人であることには違いない。ドアが開かれる。  現れたのは、お人形のような白い肌に金色の髪を伸ばしている女性だった。私より二、三歳は歳上だろうか。それに、あの白いローブ。この女性が私に回復魔法をかけてくれたのかな?もしそうなら、お礼を言わないと。そう思い、声をかけようとしたら……。  後ろから、私をボコボコにした男が現れた。あれ? 反応があったのは、一人だけのはずだったのだけど。……まあ、いいか。精度がまだまだ甘いということにしておこう。  確か、この男の名前はカルロスだったかな? マスターの弟子とも言っていたような?  ということは、私はこいつの妹弟子になるということ?そんなの絶対嫌だ! だって、こいつ私のこと蹴ったもん! 私は絶対に許さない。痛かったもん! そう一人で、プリプリ怒っていると。 「謝る準備は出来ていますか?」 「準備なんかいらねぇ。ルーナが目を覚ませば、余裕で謝れる」 「本当? 頭下げられる?」 「ああ、余裕だ」  どうやらカルロスは私に謝る気はあるみたい。謝ったところで、許しはしないけど。  どうしても許してほしいって言うのなら、目潰しの刑だ。眼球なら、カルロスにもダメージを与えられるだろうし。そうと決まれば、早速謝ってもらおう。 「……なら、謝ってくれる?」 「あら、起きていたの? 言ってくれればよかったのに」 「起きたのはついさっきなので。それより、カルロス。私に頭を下げて謝ってくれるのでしょ?」  私は女の言うことを軽く流して、カルロスを煽った。 「生意気なやつになんか頭下げられるか!」 「へー。か弱い女の子を蹴っておいて、よくそんなこと言えるね。それでも、マスターの弟子なの?」 「……っ、それは本当に悪かったと思っている。俺だって、手を出すつもりはなかった」  あら、案外素直なのね。こんなんじゃ、怒るに怒れないじゃない。……まあ、多分だけど、私が悪いのだろう。 「だから、その……すまなかった」  カルロスは頭を下げて謝ってきた。……本当に頭を下げて謝ってくるとは。もしかして、いいやつなの? 「本当は仕返しをしてやろうと思ったけど、許してあげるわ。私も悪かったと思っているし」  カルロスはマスターの冒険者ギルドを汚したくなかっただけ。【アルケー】での兎人族に限ったことではないけど、獣人族の扱いはかなりいい方だ。  でも、獣人族は忌み嫌われていることは確かで、カルロスは獣人族が嫌いなのだろう。  だから、穢れた血で冒険者ギルドを汚したくなかった。 「でも、流石にやり過ぎだからね? 危うく死にかけたからね? 私があなたの殺気に気づかなかったら、間違いなく死んでいたからね?」 「……わかっている」 「わかっているならいいわ。後、えーと……」  私は女の方を見た。この女の名前を知らないからだ。カルロスの仲間であることには違いないと思うけど。 「私はルミアよ。ルミア・グレイブ。知っているかもしれないけど、彼はカルロス・ヴァンアストレア。よろしく、ルーナちゃん」 「よろしくお願いします、ルミアさん。聞きたいことがあるのですが、ルミアさんが私に回復魔法を?」 「そうよ。かなり酷い状態だったわ」  やっぱり、ルミアさんが治癒してくれたみたい。ルミアさんは腕の立つヒーラーのようだ。……いいな、魔法。私は使えないから、余計に羨ましい。そのことを悟られないように、話を続ける。 「それは、カルロスに言ってください」 「そうね。そういえば、ルーナちゃん。ルーナちゃんって、何か特殊なスキル持ってないかしら?」 「持ってないけど……」 「嘘をつくな! 俺は知っているぞ! お前、何か隠しているだろ!」  急にうるさくなったカルロス。まあ、それがカルロスらしいと思うけど。  そんなことより私って、特殊なスキルなんて持ってないよね?特殊ってことは、強いスキルだろうし。私の持っているスキルは強力なものであることには違いないけど、戦闘においては役に立たない。……どうして、そんなことを聞いてきたのだろう。 「そう? おかしいわね。特殊な隠密系のスキルを持っていると思ったのだけど」 「例えば、どういう感じの?」 「特定の人物にしか効果の無いスキル……かしら」 「……もしかして、【呼吸】かな」 「【呼吸】? それって息を吸ったり、吐いたりする?」  私は頭を縦に振った。そもそも呼吸にそれ以外の意味無いと思う。 「その【呼吸】? が、どうかしたの?」 「言ってもわからないと思うけど、私は【呼吸】でカルロスの呼吸を真似したのよ」 「そんなことが出来るの?」 「出来る、出来ないで言えば、出来るわ」 「カルロスの呼吸を真似して、どうするの?」 「カルロスになりきると言うしかないね」 「……ちょっと何言っているかわからないわ」 「でしょうね」  わかってもらえるはずがない。私だって信じられないもの。 「カルロスはどう思う?」 「嘘か本当かなど、はなからどうでもいい。俺が知りたいのは、俺の意識網を掻い潜れた理由だ」  カルロスが私の方を見てきた。そんなに聞きたいのかな。言ったらがっかりされそうだけど。 「早く教えろ」 「……別にたいしたことじゃないよ。カルロスになりきったことで、カルロスの意識外に出ることが出来ただけだよ。たまたま上手くいっただけで、まだ実用的じゃない。【呼吸】単体では効果が無いと思って、【隠密】も併用していたけど」 「は? お前、スキルを同時使用していたのか? よくそんな器用なことが出来るな」 「どちらも発動自体は簡単だから余裕だよ。【呼吸】に至っては、呼吸のリズムを一緒にすればいいだけだし」 「それでも凄いことだ。な、ルミア」 「ええ。凄いことよ」  凄いことだとは思わないけど。だって、発動条件が全く違うから。 「よし、決めた。お前、暗殺者になれ」  私はカルロスに澄ました顔で、そんなことを言われた。
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