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四話:ただのウサギはギルドマスターと話す
目を覚ます。外では小鳥達が鳴いていて、それが良い目覚ましとなった。早朝特有の肌寒さはあるけど、とても清々しい気分だ。
私は外に出て、小川の水で顔を洗う。
「……お? 綺麗になった?」
小川には濁りがなく、透き通っている。そのため、水面には私の顔が反射していた。
それを見るに、私の銀髪とうさ耳は綺麗だ。
昨日、水の冷たさに耐えながら洗った甲斐があった。ただ、やっぱり髪は傷みに傷みまくっている。やっぱり、早急に対策しないと。
でも、今日やることは決まっている。
命の恩人と言っても過言ではない、マスターと話す。それが終わったら、いつものようにウサギを狩るつもりだ。
マスターとの会話次第では、ゴブリンに挑戦するのも悪くはない。
そのためには、まず腹ごしらえだ。
私は【道具袋】から適当にキノコを取り出して、生で食べる。キノコは赤い色をしていた。
キノコは加熱して食べるのが当たり前だけど、森で暮らしていたときは生で食べていた。
だから、大丈夫なはず。今までにも何度か食べたことがあるけど、お腹が痛くなったことはないし。
……キノコだけでは物足りないな。そう思い、そこら辺に生えている雑草を適当に摘み、水で洗ってから口に入れた。……苦い。ただただ苦い。
私はそれを水で流し込むと、麻布の服に着替えた。ごわごわしていて、嫌な肌触りだ。
木箱の上に置いてあったナイフを腰に差すと、家から出て冒険者ギルドに向かう。
小川に沿って、貧民街を歩いて行く。
ちらほらと人がいるが、皆一様に痩せこけていた。人のこと言えないけど、まだ私の方が健康体だ。
貧民街から、武器屋や道具屋などの店が立ち並ぶ繁華街に出る。そこからはもう近い。
店を経営する人の朝は早いのか、もう開店準備をしていた。
街を見回しながら歩いていると、一際大きな建築物が見えてくる。冒険者ギルドだ。
石と木で出来た建物で、二階建て。一階は受付や酒場があり、二階は冒険者ギルドの経営者――ギルドマスターが業務を行う部屋がある。
冒険者ギルドのドアを開ける。昨夜と違い、空いていた。
これなら、マスターと話が出来そうだ。
「ミーシャさん、おはようございます」
ギルド内をキョロキョロと見回し、受付嬢で唯一の知り合いであるミーシャさんに声をかけた。
「あら、珍しいわね。ルーナちゃんが朝からギルドに来るなんて。どうしたの?」
「マスターに相談したいことがあって来ました」
「ゴルドスさんならいるわよ。でも、急に相談? 何かあったの?」
心配そうな表情を浮かべるミーシャさん。何か危ないことに手を出そうとしている、とでも思われているのだろうか。
「そろそろゴブリンに挑戦しようと思って。そのアドバイスを受けようと――」
「ダメ! ルーナちゃんはHランクの駆け出し。経験を積んでからじゃないと、ダメ!」
Hランク。私の冒険者ランクだ。SからHの九段階の評価があって、私は一番下。
Hランクでも、ゴブリンに挑戦する資格はあったと思うけど……。
「何でダメなの? ゴブリンはHランクでも……」
「ダメ。ルーナちゃんは例外。私がいいよって言うまでダメなの」
「……わかりました。でも、マスターと話をするのはいいでしょ?」
「それならいいけど……」
渋々といった感じで納得したミーシャさんは受付の奥に消えていった。
「さてと……」
私はクエストを貼ってある掲示板を見る。
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ゴブリン討伐 推奨ランクH
内容:ゴブリン五体の討伐
報酬:3000ガルド(ゴブリンの魔石も買い取ります。一つあたり500ガルド)
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他にもグリフォン討伐とか、キメラ討伐とか、高ランク冒険者が推奨のクエストもあった。
でも、私の眼中にあるのはゴブリン討伐だ。
「……最悪、普通に倒して魔石を売ろうと思っていたけど、これはクエストとして倒した方が絶対にいいな」
クエストを受けると受けないでは、手に入るお金が二倍も違う。
「何とかして、ミーシャさんを説得しないと」
私はどう説得しようかと考えていると、後ろから声をかけられる。
「どうした、ルーナよ。ワシに相談との話だが」
私が尊敬している冒険者ギルド・アルケー支部のギルドマスター――ゴルドス・ヒガンテが後ろにいた。私は愛称として、マスターと呼んでいる。それにしても、気配全く感じなかった。流石は歴戦の冒険者といったところだろうか。
その証として、頬には深く抉れた傷跡が生々しく残っている。
マスターは体がゴツゴツしていて、大きいから冒険者のお手本みたいな感じがする。
それに、男らしくて格好いい。
「マスター、私ゴブリンに挑戦したいです」
「ちょっ、ルーナちゃん。ダメって言ったでしょ!」
マスターの後ろに控えているミーシャさんが口を挟んできた。
「ミーシャ、仕事に戻れ」
「……はい。ルーナちゃん、絶対ダメだからね!」
マスターの命令で大人しく受付へと戻って行く。そう思ったら、釘を刺してきた。
どれだけ私にゴブリンを倒してほしくないのかな。確かにゴブリンは群れだと危険度が上がるけど、単体では弱いはず。まあ、私の方が弱い。
それはわかっているけど、ダメもとで聞いてみる。
「私にゴブリンが倒せるでしょうか?」
「倒せるか倒せないかで言ったら、恐らく無理だろうな」
「そう、ですか……」
ショックだ。マスターは昔、Sランク冒険者として名を馳せていたとミーシャさんから聞いている。そんな凄いマスターに倒せないと言われたのだ。
マスターの言うことに間違いはない、そう思っていると。
「――今のままでは、だが」
「……え? それってどういう意味です?」
「ワシの知り合いに、兎人族でSランク冒険者になった者がいた。そいつは魔法もロクに使えないどころか、真っ向勝負でも弱かった。そんな奴が、どうやってSランクに上り詰めたと思う?」
言っている意味がわからない。けど、マスターが嘘を言うはずがない。
考える。考える、考える、考える!
そして、ある一つの答えにたどり着く。
「……【隠密】と【索敵】」
「九十点といったところだな」
「残りの十点は……?」
「努力だ」
「努力?」
「ああ。そいつは努力し続けた。結果が出る、出ないじゃない。己の心を鍛えるために。ルーナ、お前にそれが出来るか?」
【隠密】と【索敵】は普段から使っている。
トラップにかかったウサギを一撃で仕留めるために、自分の存在を消し、音も無く殺す。
音を立てて、存在を知られてしまうと、ウサギは暴れてしまう。ただでさえ、ウサギは耳がいい。その聴力を掻い潜れる【隠密】が必要だった。
兎人族の唯一の強み、超聴力。
耳に意識を集中させると、半径一キロメートル範囲内の音を聞くことができる。
凄いのはそれだけじゃない。生物の位置を完全に把握することができる。
日常的に使用していると、生物の強さや脅威度などの副次的な情報を得ることができるようになっていた。
それは、戦う術を持ち合わせていない兎人族が、生き抜くためには必要な力だった。
【索敵】は狩りをしているときは常に使っていて、丸ウサギや角ウサギ以外の生物がいる場所には行かないようにしている。
よく考えれば、この二つはとても強力だ。もし、三つ目の力が加われば……強くなれる。
そのためには、努力をするのは必須。
強くなるためなら――。
「出来ます。してみせます。何だって耐えてみせます」
「ほう。なら、今日から一ヶ月の間、ワシが修行をつけてやろう」
「本当ですか!?」
「ああ。引退して十年は経ったが、教えられることはあるだろう。それに、ルーナには期待しているからな」
マスターの『期待している』、その言葉が堪らなく嬉しい。
私は歓喜打ち震え、うさ耳とうさ尻尾を忙しなく動かしてしまっている。
「ありがとうございます!」
興奮したまま、頭を下げた。
こうして、私はマスター公認の弟子となった。
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