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五話:ただのウサギは修行する
マスターに修行をつけてもらうのは、午後からとなった。午前中はギルドマスターとしての業務が忙しいみたいだった。
私は修行の時間になるまで、いつものようにウサギを狩ることにした。
相も変わらず、木が鬱蒼と生い茂る森の中を進んでいく。いつもなら、トラップを仕掛けながら進むのだけど、今日はトラップを仕掛けない。
今までは丸一日ウサギを狩ることが出来たけど、これからはマスターとの修行があるから、トラップを張っている時間が惜しいのだ。
それに、兎人族のSランク冒険者は、私と何も変わらない能力で、その地位まで上り詰めた。私も負けてはいられない。
まず、ウサギぐらいはトラップ無しで倒せるようにならないと。
「……そう思ったものの、そう上手くはいかないな」
超聴力による【索敵】でウサギの反応を捉え、【隠密】で近づく。
でも、途中で存在を知られてしまう。どうしてだろう。
トラップにかかっているウサギには、容易に近づくことが出来ていたのに。
「……もしかして、集中力の差?」
今までのウサギはトラップから脱け出すことに集中していて、敵を見つける余裕がなく、
今のウサギには耳に全神経を集中する余裕があり、容易に敵を見つけることが出来る。
もし、そうなのだとしたら納得がいく。
……ならば、私はその索敵能力を掻い潜る【隠密】を手に入れる。
それが出来るようになれば、強い武器になるはずだ。
「そうと決まれば、まずは……」
呼吸を見直す。いつもと同じ呼吸ではダメ。
だからと言って、息を止めるのもダメだ。
なら、どうするか。
『ウサギの意識から逃れる呼吸をすればいい』
そうは言っても、具体的にはどうすればいいのか。
……その前に、まず兎人族がどのように生物の存在を把握しているのか。そこが重要になってくる。その原理さえわかってしまえば、ウサギの意識から逃れることは容易だ。
生物には、生物特有の音というものがある。
それは、足音・呼吸音・心音など、生物が生きる上で発する音に必ず現れる。
その音を超聴力によって聞き分け、分類し、危険かそうでないかを判断する。
そう、それはウサギも一緒。要はウサギに危険だと判断されなければいい。
ウサギが最も危険だと思わないのは、仲間であるウサギ。
そこまでわかれば、後はウサギになりきるだけ。
ウサギの呼吸に合わせて、呼吸をする。ウサギが息を吸えば、私も息を吸う。逆にウサギが息を吐けば、私も息を吐く。そうすることでウサギと同調し、意識が私に向くことはない。
「……そうお父さんに教えてもらった」
でも、言葉で言うのは簡単だけど、いざやってみるととても難しい。
そもそも、ウサギと私とでは心拍数がまるで違う。
呼吸を真似出来たとしても、心拍数は簡単に真似出来ない。
確か一説によると、心拍数自体は自分の意思で変えられるとのこと。そこは慣れと経験がものを言うのだろう。
しばらくは心拍数を自由に変えられるよう、練習しないと。
私は心拍数を上げることに意識を集中させる。
まずは自分の心拍数がどれくらいのテンポなのかを理解することから始めよう。
その後、私は二、三時間ほど【索敵】を行いつつ、平常時の心拍数を理解し、自由に心拍数が変えられるように努力した。
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