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八話:ただのウサギはか弱き少女だった
「どうだ?」
「何とも言えません。ただ……私、魔力測定不能みたいです」
ざっと見た感じ、私のステータスは低い。
多分だけど、ステータスはSからIの十段階評価。その中で、敏捷値だけがHの評価だ。
理由は明白で、森で暮らしていた頃、戦う術を持っていない私は外敵から逃げることで生き延びてきたから。スキルも同様の理由で、【隠密】と【索敵】はHの評価になっている。
【呼吸】は、今日の修行で習得したのかな。こんなにも簡単にスキルが習得出来るとは思えないけど、何かしらの要因があったのだろう。知らないけど。
そして、問題は魔力値が測定不能ということ。この世界の生物は必ず魔力を有して生まれてくる。それはウサギも、スライムも例外なく。
そう考えるのであれば、魔力値が測定不能なのは、魔力値が高過ぎるから測定出来ないというのが道理だ。
万が一、兎人族……というか、私が例外で魔力が宿っていない可能性もないわけでは無い。
出来ることなら前者であってほしい。まあ、何となくだけど感じてはいる。私に魔力が宿っていないことを。それはとても残念なことだけど、魔力に頼らない方法で強くなればいいだけ。だから、マスターに何を言われても動じない。
……そう、思っていた。
「それはそうだろう。兎人族は唯一魔力を持たない人種だからな」
「……そう、ですか」
兎人族は魔力宿さないのか。知らなかった。誰も言ってくれなかったから。
兎人族はステータスを文字化する方法を知らないから、自分で確かめる手段もなかった。
だから、希望を持つことが出来た。いつか魔法が使えるようになると。
でも、今、ここでそれは潰えてしまった。
私は二度と魔法が使えない。
そのことが、とても……ショックだった。
「魔力が無くたって、強くなれる。ワシだって魔力量は少ないが、こうしてギルドマスターになれている。だから……あまり気を落とすなよ」
マスターは優しく声をかけてくれた。頭も撫でてくれて、とても暖かい。初めて会った時も、こうやって慰めてくれた。恐ろしい奴隷商人に連れて来られた時も、この人がいてくれたから安心出来た。
でも、今回は安心出来そうにない。
魔力が宿っていないということは、ハンデがあるということ。ただでさえ非力な兎人族なのに、魔力が無いのは致命的。並みの努力じゃ、その差は埋まらない。
凄腕のマスターに修行をつけてもらっても、私が強くなれる保証はない。
Sランク冒険者の兎人族がいたと言っていたけど、魔力がいらないほどの戦闘センスを持ち合わせていたとしたら……。
今までウサギを殺してきて、わかったことがある。
私に戦闘のセンスはない。
トラップにかかったウサギを一撃で仕留めることが出来なかった。今は少しマシになったけど、それでもたまに仕留めきれないことがある。
戦闘のセンスは無くても魔力があったなら、遠距離から魔法で魔物を倒してお金を稼ぐことは容易に出来たかもしれない。悪を滅ぼすことも出来たかもしれない。
でも、私には……?
今まで感じたことのない不安が一気に襲ってくる。このままじゃ、私は奴隷になってしまう。
……嫌だ。それだけは嫌だ!
奴隷になった兎人族の末路は『死』しかない。……ああ、そうか。『死』か。
今まで考えないようにして頑張ってきたけど、いずれ死ぬなら、今死んだ方が良い。
3000万ガルドを払いきれず、奴隷になって、無惨に死ぬぐらいなら……。
私は暖かい記憶に囲まれながら死にたい。そう思うと、体に力が入らなくなった。
私は膝をついてしまう。
「ルーナ? どうした?」
マスターの声が聞こえてきた。優しい声音だ。ずっと聞いていたい。
だけど、いずれ離れ離れになるくらいなら、目の前で死にたい。手が勝手に、腰に差しているナイフの方に向かう。
「おい、ルーナ! 何をしている!」
マスターの声が上擦っている。私の意味不明な行動に焦っているのだろう。今まで聞いたことのない声だ。心配はさせたくない。だけど、止まれない。その方が、私は幸せになれる。
ナイフを強く握る手を、首元に持っていく。後はかっ切るなり、突き刺すなりすれば、簡単に死ねる。
――その瞬間、寒気がした。
背中に悪寒が走り、うさ耳とうさ尻尾の毛が逆立つ。
「俺たちの冒険者ギルドを、お前の穢れた血で汚すな」
右側から迫り来る殺意に対して、ナイフを構える。
「――えっ?」
ナイフは砕け散り、その殺意は止まることを知らないのか、振り抜かれる。
「――――」
構えた両腕は悲鳴を上げ、蹴られた衝撃で吹き飛ばされた。
そのまま為すすべなく、壁に衝突する。
壁に穴が空き、その穴から外に飛び出した。
何メートルか転がった後、動きは止まる。
「……ぁ?」
一体、何が起きた?
理解が出来ない、圧倒的理不尽の強さ。
ここは駆け出しの冒険者の街のはずじゃないのか。
なら、何であんな奴がいる?
もしかして、マスター?
マスターの命を狙いに来た?
もし、そうなら許さない。
……弱気な自分はもういない。
今後、命の恩人であるマスターの命を狙う奴が現れるなら、私がマスターを守る。
マスターの命は、私の命同然だから! 私は死ねない!
「……ぅ」
腕で防御出来たとは言え、頭には大きな衝撃があった。その影響で、脳が激しく揺れ動いている。両腕は間違いなく折れている。それだけで、相手が強いのがわかった。
それでも……。
「いか、ないと……」
私は傷だらけの体に鞭打って、立ち上がった。
【索敵】を発動し、相手の強さを測る。
「嘘……」
マスターより強い反応がある。それも三つ。その戦力差はわからない。明らかに強いことだけはわかった。私が行ったところで、どうにもならないと思う。
だけど、マスターが死ぬところなんか見たくない。
私は【聞き耳】で得た敵の呼吸を真似る。
三人いる敵の中で、一番マスターに近い敵の呼吸を真似たけど、かなりゆったりとした静かな呼吸だ。
その呼吸を真似たお陰で、冷静になれた。
「……行こう」
安定しない足取りで、ギルドに向かう。ギルドまでの距離はたったの数メートルというのに、遠く感じる。体力の限界が近いからか?
でも、何とか空いた穴から侵入することが出来た。
私はより一層【呼吸】に力を入れる。ここからは敵に存在を知られてはいけないから。
敵は男一人と女二人。狙うのは男。腰に差している、予備のナイフを構えた。
少しずつ、男に近づいていく。配置は男が少し前に出ていて、女は後ろに控えている。
……女の間に、人が一人通れるスペースがある。
そこを通って男に近づき、ナイフで突き刺す!
私はその方針に決めて、男に近づく。マスターと何か話している。何を言っているかはわからないけど、こいつは敵だ。
ある程度近づくと、私は一気に距離を詰めて――首目掛けてナイフを振り下ろした。
「え? ナイフが……」
砕け散った。何なの、この男! 刃が通らない?
戦意はある。だけど、勝ち目がない。……強過ぎる。
「あ? 何だ、お前。さっきの蹴りで死ななかったのか。しぶといウサギだな」
「……あなたは一体誰ですか。マスターに何の用です」
「俺か? 俺はゴルドスの弟子・カルロス。そして、今日付けでお前の師匠だ」
「――は?」
「お前は、今さっきその資格を得た。お前は俺に近づくだけでなく、攻撃までしたのだからな。切れ味の悪いナイフじゃなかったら、やばかったぞ」
ケラケラと笑いながら頭をぽんぽんと、優しく叩いてくる。こいつ敵じゃないのか。
……マスターの弟子と名乗るカルロスという男が何を言っているのかわからなかった。
でも、マスターが死なずに済むのならそれでいい。脱力感が一気に襲ってきて、私は倒れそうになる。が、カルロスに受け止められ――私は気を失った。
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