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第3話 今度はちゃんと
「は?」
起き上がり泣いてぐしゃぐしゃになった顔で横川は島を睨みつける。
島はへなへなとベッドの上に座り込む。
二人の視線が同じ高さで合う。
「竜崎くんは優しい人です。俺は知っている」
「な……」
肩で息をしながらも、横川はゆっくりと噛みしめるように言った。
「なんでその名前……」
そうつぶやくと島は横川をまじまじと見る。
「え、もしかして、え……。井口先輩…?」
横川はうなずく。
「なんで、横川さんじゃ…」
「親が離婚したんだ。島さんだって名前変わってるでしょ」
「僕も似たようなものです。でも……。あ!いつから気づいていたんですか」
「何年か前に上司に連れていかれた人脈づくりを目的にしたオフ会」
「全然気がつかなかった……」
「俺はすぐにわかりましたよ。竜崎くん、全然変わっていない。というかすごく素敵になってた」
横川は以前、井口という名前で、島は竜崎という名前で、同じ高校に通っていた。直接やり取りしたことはあまりなかったが、1年の島が好意を抱いていた3年の伊塚がいつも構っていたのが同じ3年の横川だった。
「なんで僕に敬語? 井口さんのほうが先輩なのに」
「それは…その、さっきまで」
横川は赤くなって俯いた。
「ヘンなことになっちゃったからこの勢いで言うけど、俺、島さんだからいいなと思ってた。だからサイテーとか言わないで」
「………」
改めて言われると恥ずかしくなって島も俯く。視線を落とすと力なくくったりとしたペニスを出しっぱなしの情けない格好でいることに気づき、ますます顔を赤くしてそっと上着で隠した。
「オフ会でも島さん、とっても目立っていてキラキラして綺麗だったし、格好よかった。でもああいう場所、俺、苦手ですぐに行かなくなったからもう会えないと思ってたら、レジーナで見かけてすごく嬉しかった」
「……」
「もちろん噂も知ってた。でも一度でもいいから島さんと、その、抱かれたら幸せな気分になるだろうなと思って……自分勝手で、ごめん」
「ばかじゃないんですか、横川さん。ここは怒っていいところですよ」
「うん、でも怒れなくて。あ、さっきの写真と動画は削除してくれる?あれはやっぱりちょっとマズいから。シャワー、浴びる?ごめんね、こんなことに付き合わせて。先にシャワー使って。俺、あとで使ってここもちゃんとチェックアウトするから」
島は脱力して肩を落とす。
「あー、こうして接するとやっぱり井口先輩だ。伊塚先輩が構ってたときとそのまんま」
「変わってないのかな。情けないな」
「僕、伊塚先輩に失恋したでしょう」
「ああ……うん」
「あれでネコからタチに変わったんです。そうしたらすっきりした」
「?」
「ずっと伊塚先輩に抱かれたかったけど、いざタチになったら自分の欲望がはっきりした。僕が心から望んでいたのは伊塚先輩みたいに井口先輩をいじめてみたかったんだ、って」
「は?」
今度は横川がぽかんとした顔で島を見た。
「伊塚先輩を追いかけて大学まで行ったのに失恋して。それから井口先輩への気持ちがはっきりして探したのに全然連絡が取れなくなっていて」
「俺、県外の大学に行ったし、うちがごたごたしていて連絡先を一気に変えたから… 大学に入ったら伊塚とは切れちゃったし、もともと友達はあまりいなかったし」
「なんで10年以上も経って僕の前に現れるんですか、井口さん」
「いや、そんなこと言ったって。俺も驚いたから」
「じゃあ、改めて言います。僕、ずっと井口さんのことが好きでした」
「な」
「好きかな、っと思った人もいたけれど、どうもしっくりこなくて。悩んでいろいろ考えて、友達とも話してみたんですが、結局、その人たちを井口さんと比べて『これじゃない』って思っていたみたいで」
「……」
「本当に酷い男なんですよ、僕」
「……はぁ」
「もう井口さんに会えないと思っていました」
島はそっと横川に近づくと、ちゅっと小さなキスをした。
「お誕生日おめでとうございます、横川さん」
「あ……」
「12時過ぎました。僕が一番先におめでとうを言った」
スマホをポケットから取り出し、時間を見せる。それから画像データからさっき撮った横川の写真と動画を削除しないことを見せてみる。
「提案なんですが、僕と付き合ってみませんか」
「え、島さん?!」
「なんでさっきイライラしたかと言えば、井口さんに似てたからなんです。でも本人なら納得で嬉しい。今度はちゃんと優しくします。ちょっとだけいじめて、それからいっぱいかわいがります」
「ちょ」
「稼ぎも悪くないです。外見は……気に入ってもらっているようだし。どうですか」
「どう……って」
「試してみませんか」
「あの」
「シャワー、一緒に浴びましょう」
抱き寄せられ、甘い言葉ばかりを囁かれる。
「し、島さん、今、冷静な判断ができない、っていうか、なんというか」
「大丈夫。どっちにしろ、今夜は僕とヤるつもりだったんでしょう」
「う……」
「仕切り直しをさせてください。ほら、僕の服を脱がして?ね、横川さん」
「ええっ」
「シャワー浴びて抱き合いましょう。明日は、いや、今日か、ケーキを一緒に食べましょう」
「あの」
「ほら、ネクタイ取って」
「あ、はい」
横川がノットに指をかけ、しゅるしゅると音を立ててネクタイを抜いている間に島はスーツの上着を脱ぎ、そしてスラックスも下着ごと脱いだ。
二人とも全裸になり島が抱きしめ、ゆっくりと唇に甘いキスをする。
「あ、靴下はいたままですね」
「これ、はずかし……んだよ」
「僕、好きなんです」
島はくすくすと笑い、横川は俯いてもそもそと靴下を脱いだ。
おしまい
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