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「日下君にプレゼント・・・」
先輩がフルートを口にくわえた。
モーツァルトの『レクイエム』。
この前とはちがう。
スローで物悲しい響き。
ゆっくりと長い手が伸びてきて、ぼくらをしっかりとつかみ、闇の世界に引きずっていく。
そんな光景が見えた。
「先輩とふたりで話をしたかったからメモを書きました。
<山口さんと平松さんをすぐ自首させなければ警察に通報する>
このメモ読んだらすぐ戻ってくるって思いました」
『レクイエム』のメロデイが、激しい響きに変わった。
闇の世界に引きずり込まれた人間の絶望の叫び!恐怖!必死で生き延びようってする執念!
そしてまたスローなメロディ。
抵抗空しく闇の中に闇として消えていく・・・
それってぼくのこと?
「メモの裏に英語でこう書きました。
<must not read my paper!(あたしのメモ見るな!)
Kill you!(殺すぞ!) hung you!(殺すぞ!)
My brother is Mr CHIN!(陳さんがバックにいるんだ!)
TSUKIKAGE SAKI(月影サキ)>
それからメモを書いた紙で小石を包んで、手伝いに来ていた王さんの部下の足元に放り投げました。
すぐにメモ紙は石から離れました。
王さんの部下がメモを見つけました。
日本語の文章は分からない様子でした。
あまり日本語ができないってことは、先輩との会話で分かってました。
裏の英文を読んだら緊張した顔になりました。
先輩のポケットかなんかから落ちたって思ったんでしょう。
『彼女のメモをなんか持ってたら大変だ!
落ちたの拾ったってうまく日本語で説明できない。。
陳秀明さんの妹分だからひどい目に遭わされる』
こっそり隙を見て先輩のブレザーのポケットに入れていました。
見つからないように、そっと入れたからメモ紙の端が外に出ていました。
ぼく、それをねらってました。
思った通り、すぐ先輩、ポケットにメモが入ってるのに気がついた。
だけど英語の文章は読めなかったので、ぼくのトリックに気がつかなかったんです」
唐突に『レクイエム』が終わった。
先輩が取り巻きの三人を見回した。
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