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エピローグ
タイムマシンは周囲の時間が普通に進んでいる間、自分の時間だけを極端に遅らせるものだ。故に、直感的に考えれば、行ける先は未来だけのはずである。
しかし時間の始点と終点が円環状に繋がっているため、過去は遠い未来とも言える。だからこそ、過去にも行くことができる。
つまり二日前に行く場合は、二日分の時間を戻るのではなく、時間の円環一周分から二日を引いた距離を進むのだ。
ところで、私のいた時代と時間の始点は、約百三十八億年の時により隔てられている。そして、時間の終点までの期間は、それよりも更に長い。時間の円環一周分というのは、それらを足し合わせた期間になる。
その遙かな長さと比較すれば、二日どころか、数万年とて誤差の範囲内だろう。
そう、私がたどり着いたのは二日前ではなく、数万年前の世界だった。
動植物の種類などからそう推測しただけで、正確に何万年前なのかまでは分からないけれど。
そして当初の懸念通り、タイムマシンは一度の使用による負荷で再起動できなくなっていた。数万年前の世界では、修理に必要な部品など調達しようもない。
つまり私は、もはや元の時代に帰ることは叶わないというわけだ。
そんな状況にも関わらず、私の心は晴れやかだった。
多少の誤差はあったとはいえ、私は実際に過去に来ることができた。やはり先生の理論は、正しかったのだ。
ただ、その事実を誰にも――特に、彼女に――伝えられないことだけが、心残りだった。
ポケットにはスマートフォンが入っている。しかしこんなものでは、伝えようもない。
この時代に基地局からの電波など飛んでいるはずもないし、テキストや音声でメッセージを保存しておいたとしても、数万年後にはデータを取り出せるような状態ではないだろう。それどころか、機体自体が朽ち果て消えてしまっていると考えた方が自然だ。
だから私は、数万年後の彼女に向けて、手紙を残すことにした。
手紙と言っても、それは紙ではなく、洞窟の壁に書かれたものだけれど。
クロマニョン人が描いたラスコーの壁画は、二万年の時を越えて残った。
私の手紙も、数多く書き残せば、運良く一つくらいは彼女に届くかもしれない。
文明の兆しすら見当たらないこの世界で、私があとどれほど生きられるのかは分からない。それでも私は、この命のある限り、手紙を書き続けよう。
一言、伝えるだけで良いんだ。
私達のあの日々は、無駄じゃなかったって。
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