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「む、無理!絶対に無理だから!初めてなのに、こんな急に…」
言ってから敦美は、ハッとして両手で自分の口を覆った。
目を大きくする有人。敦美から顔を遠ざけ肩に置いていた手を離した。
「……びっくりしたよね?…私、30過ぎてるのに…引くでしょ。ふふふっ、笑ってもいいよ」苦笑いしてから、唇を噛みしめる敦美。
俯いた後で、敦美は口を開いた。
「……本当はね、キスも初めてだったの。もっと言うと…胸なんかも…触られたことなんかなくて…付き合った人も全然いなくて…こんな歳まで…ずっと…ずっと…」
敦美自ら言いだしたことなのに、敦美の瞳には涙が滲んできていた。
「私は…ずっと…」
ーーー情け無い。元教え子にこんな話をして。話の着地点がわからないなんて。
有人から目を逸らした敦美は、
「…なんか、言いたいことがわからなくなってきた。ごめんね、アルくん…私、帰る」
そう言って路地から広い通りへ出ようとした。
「敦美さんっ」
逃げ出しかけた敦美の体を背後からハグする有人。
「離して…もう、帰りたいの」
敦美はなんとかして有人の腕を離そうともがいた。
「ごめん、敦美さん。そんな話聞いたら、余計に帰せないじゃん」
更にぎゅーと抱きしめられる敦美。
「…」
少しして有人がようやく腕を緩めた。
「今の話で俺が引くわけないじゃん。俺はさぁ人参の葉っぱも好きだから」
「え?」
ーーーなんだろう、それって。人参の葉っぱ?
訳が分からず、ゆっくりと有人の方へ窺うように顔を向けた敦美。
「人参って放っておくと、葉っぱがひゅうって伸びるじゃん」
確かに時が経つと人参には、緑の細い葉っぱが伸びてくる。
「あれも俺んちではサラダに入れたりして美味しく食べるよ、アレと同じだね」
そこには昔と変わらないにっこり笑顔の有人がいた。
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