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ーーーどうしてだろう。
きっと、未経験な私を『運命だよ』とか『むしろ、嬉しい』『感動する』とか歯が浮くようなセリフで慰める言葉より…ずっと。
敦美は、昔と変わらない人懐こい有人の笑顔を見つめた。
ーーーこの笑顔には嘘がない。
ーーーかっこいい台詞なんかじゃ慰めにもならない。私は、ただ年を重ねただけだからだ。好きな人もいなかった。ただ、毎日職場と家を往復していただけだ。
ーーー日が経った人参。
それと同じだ。素直にそう思える。この笑顔を前にしていると、私も素直になれる。なりたい…そう思えた。
「敦美さん」
「ん?」
「手」
路地の片隅で有人は、敦美の手に手を重ねた。
繋がれた手をジッと見つめる敦美。
「よしっ、じゃ美味しいもの食べに行こうよ」
有人が優しく敦美の手を引っ張り、2人は広い通りに出た。
「うん、アルくんは何が食べたいの?」
「う〜ん、そうだなぁ…」
有人は、考えるように空を仰いだ後、敦美を見つめる。
「あまーい人参が入ってるカレーかな」
「ふふふっ、言うと思った」
敦美の鼻には、どこからか漂ってくるカレーの匂いが届いていた。
fin
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