歳を重ねるのは簡単

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「やっぱり、そうだよ。間違いない、先生でしょ? 先生だよね?」 白いブルゾンを着て白いカゴを下げた20代前半くらいの若い男だ。 スラッとした長身で軽くウェーブがかかった明るめブラウンのショートヘア。人懐っこく笑った目元。 鼻は高めで色白のせいか唇が綺麗な桜色だ。 ーーー誰、この若い男? 私を先生って呼ぶの? 何? どうして? 少し男を警戒しながら敦美は、男から離れて腕時計を見た。 ーーーこんな男に時間をかけていられない。始業時間の9時に間に合わなくなる。 敦美は早足で先を急いだ。 「ちょっと待ってよ! 先生」 呼びかけながら後ろから、さっきの男が敦美の後を付いて来る。 ーーー知らない。知らない! こんな若い男に知り合いなんかいない。 どんどん歩いて行く敦美。 「先生ってば。俺だよ俺、斎藤 有人(さいとう あると)わかんない?」 ーーー知らない。知る訳ない。サイトウアルト?そんな名前……。ん? ぶるぶると頭を振りながら歩いていた敦美は急に立ち止まる。 後ろから付いてきた若い男を恐る恐る振り返った。 敦美は、自分にニコッと愛嬌のある笑顔を向けてきた若い男をジックリ眺めてみる。 この愛嬌のある笑顔に敦美の過去の記憶がどんどん重なっていく。 愛嬌のある八重歯。 優しく可愛らしい瞳。 若い男に人差し指を向けた敦美は 「もしかして、私と同じ難しく書く『斎藤』って名字のっサイトウくん?!」 と大きな声で聞いていた。
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