男性なら引くこと

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男性なら引くこと

古びたコンクリート打ちっ放しの二階建てのビル。敦美は、その建物の裏口に回る。アルミ製扉の少し錆びついた丸いノブを回してから思い切り引いて開けた。 ガガガギギッと何かが引っかかり擦れるような音をさせて扉が開いた。 最近、この扉はいつもこの音がする。 「すいません!遅くなって!」 小さな丸メガネをかけた社長の緒方 公明(おがた きみあき)が、敦美を振り向いた。 緒方は、いつもどこかの研究所の博士みたいだと、いつも敦美は思っている。 「あっちゃん休みかと思ってたよ。今日は、どうした?遅刻ギリギリだね〜」 呑気に言って、ガラスのコップを使って観葉植物に水をあげている。 「おはよう、あっちゃん」 社長の息子で、43歳独身。おっとりしたクマみたいな風貌の副社長の緒方 隆二(おがた りゅうじ)が段ボールをひとつ抱えて階段をゆっくり下りて来た。 「おはようございます。遅くなって申し訳ありません。朝から、ちょっと古い知り合いに会ってしまって」 タイムカードを押しながら敦美は、隆二を振り返って軽く頭を下げた。 タイムカードが示す時刻は、9時ちょうどだった。 敦美は呼吸を整えるように深呼吸をして、コート掛けに上着をかけた。 「おはようございます。杉谷(すぎや)さん」 「……おはようございます」 口数の少ない杉谷昌子(すぎや まさこ)は、『セイレン株式会社』が創業した13年前から働いている。現在、45歳で独身だ。 きっちり乱れなく後ろで1つにまとめられた漆黒の髪。 化粧はとてもナチュラルで、しているかしてないかわからないくらい。 そのせいか、肌には、羨ましいほどにシミの類いが見られない。  それに、なんとなくだが昌子は品のある顔立ちをしている。
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