冗談じゃなかった

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冗談じゃなかった

朝、敦美は、いつもと同じように9時少し前に会社に着いた。 会社の表の入り口前でホウキを持つ昌子と隆二がチリトリを掴んで何やらもめているのが敦美の目に入ってきた。 足を早めて近づくと、昌子が 「いいですって!」と強めの口調で隆二に向かっていた。 「手伝おうとしただけなのに」 眉尻を下げる隆二。 「ど、どうしたんですか?」 敦美の声に顔を向ける2人。 「いや、杉谷さんがチリトリをやらせてくれないんだ」 「だから、これは私の仕事です。副社長がやる仕事ではありません」 「小さい会社なんだから、もっと全員が力を合わせていかないと」 「副社長! あなたは、どっしり構えてて下さい。掃除なんかは私がやります」 目を吊り上げた昌子の顔が怒りのせいか赤くなっている。 ーーー杉谷さん、なんだか怒ってるみたい。 「はあ、そおなの?」 目に見えて肩を落とす隆二。 うなだれる隆二の腕をポンポンと叩き 「ふ、副社長は、ほらっ中へ入ってて下さい」 と、敦美は言い急いで隆二の大きな背中を押した。 「私、タイムカード押したらゴミ袋持ってきますね」 昌子に断りをいれ敦美は、いそいそと裏口へ隆二の背中を押しながら向かう。 「手伝いたいだけなんだけどなぁ」 敦美に押されながら、隆二は不満そうに呟いていた。 「きっと、杉谷さんは、副社長に手伝わせるなんて申し訳ないって思ってるんですよ」 軋む扉を開け会社の中へ入る。 「おはようございます、社長」 「おはよう、あっちゃん」 社長は、いつものように観葉植物にコップで水をあげていた。 タイムカードを押すと、薄手のコートを脱いで椅子に置き壁面の棚の扉を開けた。 少し背伸びをしてゴミ袋を一枚取り出すと、扉をしめた。 敦美が踵をついて後ろを向いた時、すぐの目の前に隆二がいた。 「きゃっ」 驚いて身を縮める敦美。 「ごめん、驚かせて。ゴミ袋俺が持って行こうか?」 「え?」 「それくらい、やらせてよ」 にっこり笑顔の隆二。 「でも、きっと…」 ーーーきっと、副社長、また杉谷さんに怒られちゃうよ。 「やっぱり、私が行きます。副社長は他の仕事をどうぞ」 ゴミ袋を隆二に取られないようにぎゅっと握り敦美は、扉へ向かった。
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