不夜城の姫

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不夜城の姫

 ガラガラと音が鳴る引戸を開ける。暖簾をくぐった先は、見慣れた世界だった。 「いらっしゃいませ〜。…ん? 悠じゃん、どしたの、ずぶ濡れで?」  突然の雨に降られた僕を迎えたのは、小学生からの友人である、真中 奈緒だ。  肩まで伸びたブラウンの髪。くるくるとよく動く大きな瞳、顔は少しふっくらしているけれど、身体は細い。胸は大きくて、なかなかのボリュームだけど、性的な目で見たことは一度もない。身長は160センチくらいだ。  奈緒とは別に幼なじみとかじゃなくて、奈緒の兄と、ウチの兄貴が仲が良くて、さらに親同士も親交が厚かった。一緒に家族旅行とかも行ったけど、僕と奈緒がふたりで一緒に遊んだことはほとんどない。  というか、奈緒とは性格がまるで違うし。明るくて、言いたいことはズバズバ言って、自分の意志を貫く奈緒とは違って、僕は自他共に認める意気地なしだし、気弱でビビりだ。よく奈緒にからかわれたりもした。  ここは奈緒の兄夫婦が経営する中華料理屋「麒麟」 奈緒は忙しい時にたまに店を手伝ったりするらしい。  店内にお客さんはひとりもいなかった。奈緒の兄・哲也さんと奥さんも、閉店準備をしている。  雨に降られて、閉店間際の店に逃げ込んだ憐れな僕を、奈緒が怪訝な表情で見つめる。 「悠坊じゃないか、どうしたんだ?」  哲也さんが僕に話しかけてきた。 「ちょっと、急に雨が降ってきて…」  少し口ごもりながら言うと、奈緒がにやりと笑った。 「出た出た。災厄男の本領発揮じゃん」  なぜだか嬉しそうだ。いつになってもここはからかわれる対象なんだろう。 「すごいなあ、悠坊は。天気を自在に操るなんて」  感心したように、哲也さんが言う。そんな腕を組んで何度も頷かないでほしい。余計に自分が惨めになってきた。 「仕事帰りなの?」奈緒が訊いてくる。 「ああ、うん。今日も遅くなって」 「まーた、残業か。仕方ない。チャーハンを食べさせてあげよう! 哲兄、チャーハン」 「あっためだけど、いいか?」 「あ、わざわざすいません」  カウンター席につくと、奈緒がお冷を出してくれた。隣に座ってこちらを見つめてくる。 「な、なに?」 「仕事でまた失敗しました。顔にそう書いてあるよ」  図星を突かれて、何も言えなくなった。コップを握ってうつむく。  奈緒は昔からそうだった。なにか僕に変化があるとすぐに見抜いたりする。これが幼なじみならぬ、腐れ縁の勘とでもいうんだろうか。 「あんたさ、昔から顔に出すぎ。そんなだから営業先でやられちゃうんだよ」  少し呆れたような顔をして、奈緒が言った。  しょうがないじゃないか。こうやって生きてきたんだもの。  極力、目立たず、ひっそりと。まるで影に徹するようにして生きてきた。  そうすることで、無用なトラブルだって回避できるんだ。 「ほいよ、チャーハン」  哲也さんが温めたチャーハンを出してくれた。 「麒麟」自慢のチャーハンだ。絶妙な塩コショウの加減と、少しだけ焦がしたお米に乗った豚バラ肉が、なんとも絶品だ。僕もひと口食べて病みつきになった。 「いただきます」  用意されたレンゲを使って、チャーハンを口に運ぶ。  温め直したものだったので、いつもと食感が少し違う。  それでも、今の僕の心を満たしてくれるには、充分なおいしさだった。
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