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車に乗り込む時、薄らと白み出した東の空が、湖に光をもたらし始めていた。
森が目を覚ます。湖と溶け合う景色が暗闇から少しずつ姿を表し始めていた。
湖と森。
青碧の森だ。
桂駿が描いた、彼しか描けない世界。
香帆が、青と碧のグラデーションを脳裏に描いた時、ふと思い出した。
「そういや……」
真琴を抱く誠が、不思議な事を呟いていた。
『馬が、いなくなっていたんですよ』
『馬?』
『はい。桂駿の富士と西湖と森の絵のレプリカには、連れ添う二頭の馬がいたのに、僕の家にあった桂駿の原画には、馬はいなかったんです。確かに、いなかった』
消えた馬。
『馬は、どこに行ってしまったんでしょうか』
誠の言葉は、けたたましいサイレンの音に掻き消された。
香帆は改めて湖を見、救急車を見た。
既にドアは閉められ、今にも出発しそうだ。
馬は何処へ、はそのまま、駿は何処へ、に繋がる。
桂駿は、真琴を知る上で、切っても切り離せない存在だ。誠には、生き死にも気に掛かるところなのだろう。
〝赤駒を 山野に放し 捕りかにて 多摩の横山 歩ゆにか遣らむ〟
「そうだな、馬は、何処へ行ったんだろうな」
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