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「エルマッハ隊長」
「……は」
「宵まで数時間ある。村境を抜けるまで、持ちこたえられるか?」
デサロを睨んだまま、コーネンは隊長に水を向ける。
「それは……」
「私は館を離れん」
口ごもる隊長の返事を待たずに、ランスト公爵が結論を繰り返した。
「明日は満月だ。エレインを置いていけというのか?」
これには、沈黙が返った。エレイン・ド・ランスト公爵令嬢――齢15になるという一人娘は、身体が弱く、普段から人前に姿を現すことは希だ。ランスト公爵家の女性は、美しいが短命だと聞く。公爵の姉上も、俺が5歳の頃亡くなった。色白に黒髪で、大きな瞳の美しい女性だった。高貴な公爵家が、王都を遠く離れた辺境の地に封じられているのも、彼女らの体質に合っているという理由らしい。
「村人を集め、周りを兵で固めよ。防衛線は、館を中心に――川の内側まで狭め、バリケードを巡らせるのだ!」
ランスト公爵が決断する。もはや、反論は上がらなかった。
隊長を先頭に、最善を尽くすために側近達も慌ただしく退室した。
「……ジャレン」
「はい。今夜発ちます」
「すまない」
「いいえ。今こそ、長年の恩義に報いる機会です」
親父は毅然とした眼差しで公爵を見詰め、一礼した。
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