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「以上が、マーセル医師の伝書鳩に括られていた手紙の内容です」
衛兵隊長のエルマッハは、読み終えると一礼した。険しい表情は、得体の知れない相手と対峙する予感からか――心持ち強張っている。
「焼け跡から見つかった遺体は、3体だったな?」
上座の執務席で腕組している男性――ランスト公爵は、微動だにせず隊長を見据えた。
「……はい」
村の中に、少なくとも2体、化け物がいる。いや、もしくは3体か。
昨夜、館に運ばれてきた馬車の中は空だった。3日前に届いた伝書鳩の通信で、ペケルが持ち帰る予定だった積み荷も空で、それは何者かに盗まれたか――もしくは逃げ出した可能性があり、しかも化け物と化している可能性も拭えない。
「戒厳令を出せ。速やかに隊を組み、駆逐する!」
「はっ!」
室内に緊張が走る。一刻の猶予も許されないのは、誰の目にも明らかだ。
「マーセル医師の報告通りなら、化け物の弱点は頭だ! 頭を狙って仕留めよ!」
「ははっ!」
エルマッハ隊長は敬礼すると、退室した。公爵は厳しい眼差しのまま見送った。
「アレン、ヴィル」
「はい」
ランスト公爵は、部屋の隅に控えていた親父と俺の名を呼んだ。
普段通り一礼したが、公爵は片手でクイと宙を掻く仕草を見せた。近くに来いという合図だ。
一瞬、俺は隣の親父を見たが、彼が迷いなく進み出たので、慌てて追いかけた。
「分かっていると思うが――明日は満月だ」
太い眉の下の綺麗な二重の灰色の眼が、ジロリと俺達父子を一舐めする。公爵は、年の頃50歳に近いが、上質の白いシャツ越しに、広い肩幅や鍛えられた体つきが伺える。
「はい」
体格で言うなら、親父も負けていない。肩の辺りまで伸ばした濃い茶色の癖毛を首の後ろで束ねているが、その首から肩、背中まで筋肉が盛り上がっている。俺も早く親父のように立派な成人になり、公爵の役に立ちたい。
「ペケルの積み荷が消えた以上、代わりが必要だ」
「はい」
「最悪――手近で間に合わせねばならぬやもしれぬ」
「……はい」
2人の会話の意味は分からないが、深刻な内容なのだろう。親父の亜麻色の瞳が固い。
「その時は、頼めるか」
「もちろんです」
公爵の迷いを断ち切るように、きっぱりと親父は応えた。少しだけ、公爵の頬が安堵する。
「うむ。宜しく頼む」
「では――失礼します」
親父は綺麗に腰を折った。俺も急いで真似をした。
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