- 前夜 -

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- 前夜 -

 ランスト公爵の館には、強固な石造りの別館がある。地下牢と高い塔を持つ、一風変わった建物は、かつて戦火激しかった時代の遺物だそうだ。小さな明かり取りの窓には、ご丁寧に鉄格子が嵌められ、近寄りがたく陰鬱とした雰囲気を漂わせている。別館といっても完全な離れではなく、本館の北東部分と幅の狭い廊下で繋がっている。これは万一地下牢から囚人が脱出した時、挟み撃ちにするための非情な設計なのだそうだ。  別館の1階、かつて看守が詰めていた空間が、親父と俺の生活の場だ。現在、地下牢に囚人はいないが、ペケルが運び込む荷物(・・)の保管所として機能している。 「親父、さっきの話だけど……」  住まいに戻ると、親父は無言で台所に向かい、黙々とウサギ肉のソテーを作り始めた。  料理に専念するのは、何か考えに集中したいというサインだ。こうなっては、出来上がるまで話しかけても無駄だ。 「チーズを取ってくれ」 「はい」 「食器を並べて」 「はい」  少しでも早く聞きたいことがある俺は、素直に従う。棚から取り出した皿をテーブルに配置する。 「赤ワインを……それじゃない。右の――ああ、それだ」  淡々と指示を出していた親父は、大きな鉄鍋を片手で持ち上げると、軽々と振り、中の肉を返した。焼けた脂の美味そうな匂いが室内に広がる。  小一時間程で、テーブルの上には、表面にこんがり焼き色の付いたウサギのソテーと、たっぷりチーズの絡んだオムレツが並ぶ。椅子に腰を下ろすと、親父はワインをなみなみと注いだ。 「ランスト公に」  神を持たない我が家では、糧への感謝の祈りを公爵へ捧げる。声を揃えて唱えると、食事が始まった。 「ヴィル、そろそろ誕生日だな」  しばらくの間、言葉もなく肉にかぶり付いていたが、ふと親父の問いかけに瞳を上げた。彼はワイングラスを緩やかに回しながら、俺を眺めている。 「再来月だ」  覚える気が無いのか――元々覚えていないのだろう――親父は3ヶ月に一度は、俺の誕生日を確認する。 「そうか。幾つになる?」 「17」  誕生日を覚えない親父が、息子の年齢を知る筈もない。俺はグラスに半分ほど残っていたワインをガブリと飲み干した。 「ふむ。どうだ? 髭は生えてきたか」 「うーん……無いことはないけど」 「見せてみろ」  促されるまま、天井を仰いで顎を突き出す。親父の大きな掌が伸びてきて、固い指先が喉から顎にかけて撫で回す。くすぐったさに背筋がざわついた。
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