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「――また、先生は菫の一件だけでなく、常に俺たちのことを考え、支えてくれた。俺は、あなたほど教師という職にふさわしい大人にあったことはない――」
「ううう……ぐすん」
先生の涙腺はどうなっているのだろうか、というほどの号泣だった。しかし、その涙に先生の思いすべてが込められていただろう。
菫と香花は教室で、「私たちは泣かないもん」と言っていたことを忘れたように号泣し、身を震わせていた。
「……これまで、俺たちに多くを教えてくれた、常に正しく導いてくれた。だからこそ、俺たちはいまこうして卒業という舞台に立てた。先生は……っ! あなたは俺たちの……俺たちの誇りだ……」
「……っ!」
俺は、ついに我慢することを放棄した。というよりできなくなった。その瞬間、こみ上げる思いとともに、自分でも驚くような量の涙があふれだす。
最後は笑顔で。と思っていたのだがな。庵、お前がそこで泣くのは反則だよ……。お前だけは最後までけろっとしていると思っていたのに。
「俺たちは……俺たちは先生に教わったすべてを胸に、今日この学校を卒業します。これまで、ご指導くださり本当に……本当に――っ! ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
俺たちは、八谷先生に最大の敬意をもって頭を下げた。
「卒業生、退場」
司会の先生のアナウンスがあると、俺たちは先生がた、在校生、保護者の間にできた道へと歩きはじめる。
八谷先生は、悲しくなるような……いや、安堵したようなくしゃくしゃの笑顔で俺たちを見送ってくれた。
校舎を背にクラス全員で撮った最後の写真を、俺は一生大切にするだろう。
「お前たち、今日確かに俺たちは卒業するが、永遠の別れではない。だが同時に、しばらくは頻繁に会えない奴もいる」
庵がクラスに向けて送る最後の言葉に、俺たちは静かに耳を傾ける。
「次に全員がそろうその時まで、互いに精進しようじゃないか」
「そうだな、庵のいうとおりだ」
「ああ」「そうだな」
正二がうなずくと、俊平、幸平も涙をふいて笑った。
「……じゃあ、その時までしばしの別れだ。みんな、元気でな」
「「「おうっ」」「ええ、そうね」「うんっ!」
こうして俺たちは、ひと時の別れを告げると、新しい道へ歩きはじめるのだった。
――校門を抜けたところで、俺は母ちゃんと合流する。
「……葵、卒業おめでとう」
「……ああ、ありがとうな、母ちゃん」
思わず交わされる微笑みに、俺は少し恥ずかしさを感じた。
「あっ、葵。それと葵のお母さん!」
「おお、菫。それに庵と香花もか」
菫たちは、俺の母と軽く挨拶を済ませると、すっきりしたように微笑みあう。
「そうだ、みんなそこに並んで。四人で写真撮ってあげる」
母はそう言ってスマホを構えた。
「まあせっかくだ。ほら、並ぶぞ」
「ええ」「そうね」
俺と庵は卒業式の看板の左右に立ち、女子二人は俺たちの足もとで元気よくピースサインを出す。
「じゃあいくわよ。はいチーズ!」
その写真に写る俺たちは、それはそれは穏やかな笑顔だった。
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