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「いやあ~! しっかし明日真さんも、イケメンですなえ~」
「あ、あの、翠様。大丈夫ですか?」
その声に俺が振り返ると、見れば兄貴が真っ赤な顔でふらふらしているではないか。どうやら酒を飲んでいたらしいが、ろれつも回らないようだ。
「葉室さん、一体何があったんですか?」
「は、はい葵様。それがですね……」
俺が事情を聞くと、葉室さんは何やら困ったような顔で言葉を詰まらせた。俺も少し解せない。兄貴は性格はどうであれ、俺から見ても酒には割と強いはずなのだ。それなのに兄貴がここまでなるとは一体どういうことなのだろうか。
葉室さんは一呼吸おいてからやがて説明してくれた。
「翠様はどうやら、あそこに……槐山の神に捧げてあった供物の神酒を間違って飲んでしまわれたらしく。あの酒は特殊な製造法でアルコール濃度が高いものでして」
俺と葉室さんはもう一度兄貴に目をやった。ふらふらとよろけ、そのまま空いていた椅子に座り込んで寝てしまったではないか。
俺はため息をついて葉室さんに謝った。知らぬこととはいえ、何勝手に供物を飲んでいるのだろうかこの馬鹿兄貴は。気になって口に入れられそうなものであれば何でも試食したくなると言うのは、兄貴の困った癖だ。
「葉室さん、すみません。うちの馬鹿兄貴が勝手に大切なお供え物を」
葉室さんは大丈夫だと言う顔で両手を振った。
「あ、いえいえ、こちらは別に問題ございません。神に奉納した暁には、一族の繁栄を願い我々が飲むのですから。しかし、翠様は水感覚でお飲みになったらしく、いつお目覚めになるか……」
そう言って葉室さんは穏やかに苦笑した。
「ほんとすみません、葉室さん」
俺はもう一度頭を下げておいた。まったく、どうやら月明りのもと渾沌は今しばらく続くようだ。
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