泣き顔【夏菜サイド】

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泣き顔【夏菜サイド】

カップ焼きそばを食べながら泣く私の姿をスマホで撮ろうとする聡を見て、無性に腹が立った。カップ焼きそばの四角い箱で顔を隠す。 「どうしてそんな顔を撮ろうとするの?」 「だって滅多に撮れない顔だから」 「なんで普通の写真撮ってくれないの?」 「ヤキモチ焼いてる所がカワイイから」 ソースごとカップ焼きそばの中身をぶちまけたい衝動を抑えた。幾ら私が手の込んだ料理を作っても写真の一枚も撮ってくれないくせに、わざわざ私がインスタント食品を食べているときに写真を撮ろうとする。 浮気発覚の修羅場の最中に、 「二人で食べよう」 そう言って、カップ焼きそばを作り始めたのは聡だった。だって、泣き腫らした顔じゃ、レストランはおろか、スーパーやコンビニだって行けない。かといって、一人で聡が部屋に帰ってくるのを待つのは嫌だ。 聡がストックを絶対に切らさない、カップ焼きそばで遅い夕飯を食べていた。 せっかくのデートなのにどうしてこんなことに…。デート中に鳴り止まないSNSのトーク、トークだけじゃなく通話ボタンの画面、次々に貼られるよく知らない女性のキメ顔の写真。これで問い詰めるなという方が無理がある。 でも、問い詰める勇気がなくて泣き出した私。聡は動揺してカップ焼きそばを作り始めた。その短い間も聡のスマホは光り震え続ける。 私は聡のスマホから目を背けて天井を仰ぐ。天井の模様が意地悪な笑い顔に見えた。よく知らない女性から揺さぶりを掛けられてる。挑発に乗ってたまるか。乗ってたまるか…。 私は泣きながら聡が作ったカップ焼きそばを食べて、聡は震え続けるスマホを誤魔化すために私の写真を撮ろうとする。 自棄になった私は、割り箸をテーブルにパチンと勢い任せに置いて、ソースが絡まった焼きそばを指ですくい取り、両方の鼻の穴に詰め込んで、渾身の変顔を作ってカップ焼きそばの箱をどけてピースサインを作る。 カシャッ。聡は顔をひきつらせながら、私の勢いに負けてシャッターを切ってしまった。私は聡のスマホを奪い取ると、涙でぐしゃぐしゃになった真っ赤な顔、鼻から焼きそばを垂らした惨めな顔を確認する。よく知らない女性に人生最大の変顔写真をスタンプで顔も隠さずに送信する。ネットリテラシーゼロの暴挙。 ただただ、呆気に取られて及び腰の聡を尻目に、 『晒せるもんなら晒してみろ!』 今度は涙でぼわんと浮かぶ画面を勘でフリック入力してトークを送る。肩で息をしながらキメ顔の女の写真を睨み付ける。 聡は我に帰ってスマホを奪い返す。そして、セコセコと何か文字を打っている。私は鼻から焼きそばを救出するために流しに行く。心を落ち着けるために顔を洗い、流しを綺麗に掃除して、排水溝のゴミを取り、シンクを洗う。それでも収まらない怒りと、スマホに向かい続ける聡の気配を感じた。闘牛に駆り出された牛のように、頭をねじ込んで強引にスマホの画面を覗くと、 『今の写真消してあげてください、ごめんなさい』 なぜ聡がそんなに下手に出ているのかわからない。晒せるもんなら晒せ、こっちはもう失うものなど何もない。たかが変顔さ、デジタルタトゥー上等ってもの。澄ましたキメ顔作ってるあんたの勝ちだって遠回しに敗北宣言してるんだから、素直に受け取りなよ。 心の中で悪態をつきながら、溢れる涙と鼻水をカップ焼きそばの容器で受け取る。聡の部屋の絨毯を汚したら悪い、でもティッシュやハンカチで涙を拭くことも出来ない。どこまでも意地っ張りで、我の強い私はきっとものすごく滑稽な泣き顔をしているだろう。 その後の記憶がとても曖昧だった。聡になだめすかされて二人ともスマホを部屋の隅に忌まわしいものでも追いやるようにして置いて、ただただ泣き続けたことだけは覚えている。
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