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大人になって
それからというもの僕はすっかりカオル伯父のもとへ通うことはなく大学生活を謳歌した。
そうして僕も就職して、結婚もして、子供もでき、数十年の月日がたった。すっかり伯父とも疎遠になっていた。
母からの話ではカオル伯父はもう大学で定年を迎えたのはいいが、躁鬱の躁になっているらしく家族のある久我山を飛び出して一人暮らしをして好きなように散財して放蕩生活を楽しみながら酒に溺れているという。
それはまるで何かが弾け飛んだような変わりぶりだという。
僕もすっかり歳をとりそれなりに出世して、1軒家を建てたころ、1本の電話がかかってきた。それはカオル伯父からの電話だった。
「直人か、すっかり顔を見せなくなって俺は寂しいよ、どうだい今度の日曜日、わがマイハウスに顔でも出さんか?」電話口の向こうからはやかましくバッハの交響曲がドンシャリと流れている。明らかに尋常じゃない精神状態のような声だった。しかも酔っている。
「伯父さん、ゴメン、日曜日も出勤なんだ。すっかり会社も忙しくなって・・・」嘘だ。
変貌した伯父のところへ行って惨めな姿を見たくないと思ったからだ。
「そうか、どうしても直人に伝えたいことがあってな」
「休みができたら電話するよ、飲みすぎには気をつけてよ」
「どうしてもだめか?」
「ゴメン、仕事」
「そっか・・・」カオル伯父は寂しそうに電話を切った。
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