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レシピ
主役になれる人は決まっていると思う。
誰もが認める、美男美女。それから、常に皆の注目を集められるムードメーカー。
でも、小さい頃に読んだ本に書いてあった。
「シンデレラや、白雪姫になれなくても、あなたは、あなたの人生における物語の主人公なのです。」と。
その言葉に、何度も助けられたけれど。大きくなるに連れて、その言葉の残酷さを知った。
つまり私、小川杏奈は、自分以外の人生において、主役になる事を認められない存在なのだと。
それも仕方が無いことは分かっている。
155cmしかない身長に影の薄い薄っぺらい身体。
髪は真っ黒で、眉毛が隠れる位で切りそろえた前髪に、肩までのボブ。中学一年生からほとんど同じ髪型。
運動は得意じゃないから、バスケも、バレーも、ほとんどボールは回ってこない。
取り柄と呼べるものは、勉強かもしれないと思ったけど、1番になった事は一度も無い。
中学生の私は、そんな3年間を過ごした。
主人公になりたいと強く願っているわけでも無いけれど、自分は誰かの中で存在しているのかと不安に思う事もある。
私の存在は、私の半径1mだけしか見えないのかもしれない。
高校生になった今は、その事実を諦めに似た思いで、認めるしかなかった。
県内有数の進学校に入学して、2日目。
一緒に日直をしているのは、主人公以外の人生を歩んだことなんて無いような男の子。
岩井修吾君。
「黒板は俺が消すから、小川さんは日誌をお願いしてもいい?」
背の低い私には手の届かない事を見越して、役割を提案するところなんて、高校1年生とは思えないスマートさ。
容姿も、モデルやタレントさんかと思うほどに格好いい。
スラっと背が高くて、足が長い。少し長めの髪は、風を受てサラサラと揺れる。物腰の柔らかさは、いつも優しく微笑んでいるからそう思うのかな。
4限目の数学で、春休みの課題に出ていた問題集を集めて職員室に岩井君と一緒に持って行った帰り。
「小川さんって、数学、得意なんだね。」
並んで廊下を歩いていると、不意にそう言われた。
入学2日目で、何でそんな事に気が付くんだろう?
「どうして?」
確かに、数学は一番好き。
「さっきの小テストの最後の問題。難しかったよね?」
「うん。」
少し曖昧に頷く。
「俺、自信なくて。集める時、小川さんの回答が見えたんだ。一緒だったから、安心したよ。」
岩井君は私の前の席。回答を前に回した時に見えたのかな。
「小川さんは、もう友達出来た?」
残酷で、真っ直ぐな質問。
「ううん。同じ中学の人達とはバラバラだし。」
同じ中学の人達と同じクラスでも、友達にはなれないと思う。だって、中学の時も話した事なんて無いような人たちばかりだから。
「じゃ、中島陽菜なんてどう?」
中島陽菜。
あの、モデルみたいに背が高くてスタイルのいい?ショートカットがとてもよく似合っていて、アーモンド形の目元が涼しくて、華やかさとクールさを持ち合わせた。あのキレイな中島さん?
「私なんて、迷惑じゃないかな。」
隣に並んだ姿を想像しただけで気後れした。
「そんなこと無いよ。
内緒なんだけど、俺たち幼馴染みなんだ、三井圭と三人。」
まるで、主人公たちが集まったような面子。
三井君は、見るからにスポーツマンの雰囲気を持っている。黒くて短い髪が爽やかで、岩井君より少し低いけれど、スラっとしていて、軽そうな身体。好奇心いっぱいのキラキラした目をしているのが印象的で。初日から元気に笑っていて、皆の緊張を和らげるような冗談を言ったりして、もう既にクラスのムードメーカーになっている。
「中島も、クラスには俺たち以外友達いないのに、俺たちの事、嫌がって学校で話しかけたりすると怒るんだ。だから、今日、一緒に弁当、食べてやってくれない?」
幼馴染みの心配をさりげなくカバーしてあげるところなんて、王子様みたいだ。
「私の方こそ、良いのかな?」
あんなキレイな人と一緒にお弁当を食べるなんて、今までの人生の中であったかな?
「ありがと。中島にLINEしとくから、声かけてきたらよろしくね。」
岩井君は王子様の笑顔で、ふんわり微笑んで、スマホを取り出し、メッセージを送った。
その仕草も、スマートで、見とれる。
中島さんは、二人の王子様に見守られた、お姫様なんだ。
羨ましいという気持ちよりも、「そうだよね」という諦めみたいな感情が強く出た。
だって、私がもし二人の王子様に見守られてたとしたら、二人の輝きが強すぎて、地味な私は見えなくなってしまう。そんなんじゃ、物語は成り立たない。
岩井君は教室のドアを開けて、さりげない仕草で、先を私に譲る。
「ありがとう。」
と、小さくお礼をいうと。
「どういたしまして。」
と、小さく微笑みながら答える。
少し緊張しながら自分の席に行くと、中島さんがすぐに声を掛けてきてくれた。
「小川さん。一緒にお弁当食べない?」
キレイな水色のお弁当の鞄を右手に持って。キレイな笑顔で優しく問いかける。
少し見上げて、緊張しながら。本当は私も、笑顔で言いたいんだけど、硬い表情のまま答えた。
「いいの?私と一緒なんて。」
「うん。小川さんが迷惑じゃ無ければ。」
優しい笑顔に吸い寄せられるように。
「お願いします。」
と小さな声で応えた。
岩井君が、お弁当の鞄を持って、私達に声を掛けた。
「ここ使って。俺、圭の所で食べるから。」
そう言って、私にと言うより、中島さんに微笑んだ。
中島さんは、言葉も無く頷くと、岩井君の机を反対に向けて、私の机と向かい合わせにした。
「修吾。今日、サッカー部の見学、行くだろ?」
教室の後ろの方から、三井君の元気な声が耳に届いた。
「いいけど。」
岩井君は、落ち着いた声で応えている。
「高橋もサッカーやってたんだって、こいつも一緒に行くからな。」
三井君が、私と同じくらい地味そうなクラスメイトの高橋君の肩を組んで、岩井君に紹介している。
そのやり取りをいつの間にか、見てしまっていた。
「三井。入学早々、うるさくてごめんね。」
中島さんが、椅子に座って、お弁当を出しながら、申し訳なさそうに言う。
「ううん。元気でいいなって思って。」
気を取られていたことを、少し恥ずかしく思いながら、私も席に着いて、お弁当を取り出す。
「岩井君も三井君もサッカー部に入るんだね。中島さんは何か部活に入るの?」
「私、中学はバレー部だったんだけど、高校はどうしようか迷ってる。小川さんは?」
お互いにお弁当を広げながら、これからの高校生活の展望を話す。
「私は、運動は苦手で。中学は茶道部に入ってたんだけど、高校では部活はしないかも。」
茶道部も、週に1回程度の活動で、その他の部活らしい活動は、文化祭の時に先生へ点てるお茶くらいだった。
「ねっ。小川さんのお母さんって、料理上手だね。」
中島さんが、いきなり話題を変えた。
私が首を傾げると、お弁当を指さした。
「お弁当。全部手作りだよね?冷凍のおがずっポイのが一つも無い。」
中島さんが自分のお弁当箱を隣に並べて、比べる。
「お弁当は、私が作るの。中学の時から。」
「えっ。凄い。全部手作り?」
「うん、一応。中学からお母さんが、本格的に仕事に復帰したから、お弁当は私が作る事にしたの。小さい子頃から、お母さんと一緒に台所に立つのが好きだったし、料理をするのは好きなの。」
趣味。と言うのかもしれない。
そのほかに好きなことは、本を読むことくらいかな。
「そうなんだ。お菓子も作るの?」
「うん。」
「どんなの?」
お互いに小さく頂きますをして、お弁当を食べる。
「クッキーとか、ケーキとか。普通にみんなが作るようなものばかりだけど。」
お菓子は分量をきっちり量らないと、味が変わる。出来上がりも変わる。
それが、実験みたいで、私は好き。
基本のレシピから、自分好みの味に変えていくのは、理科の実験をしているみたいで楽しい。
「食べてみたい、小川さんのクッキー。美味しそう。」
「じゃ、今度作ったら持ってくるね。」
「本当?嬉しい。楽しみにしてる。
ねぇ、その卵焼きと、このコロッケ、交換しない?すごく美味しそう。」
中島さんが、私の卵焼きを見ながら言う。
「うん。どうぞ。」
お弁当箱を差し出して、卵焼きを進める。
本当は、だし巻き玉子なんだけど。
中島さんも、お弁当箱を差し出してきたので、コロッケを貰う。
「何これ。ふわっふわ。」
だし巻きを食べた中島さんが、驚いたように感想を言う。
嬉しくて、頬が少し赤くなった。
「ありがとう。それ、だし巻き玉子なの。」
中島さんから貰ったコロッケも、少し甘くて、懐かしい味がした。
「このコロッケも美味しいね。」
「それ、近所のお肉屋さんのコロッケなの。私のおすすめ。」
私達は心配していたよりも楽しくお弁当を食べた。
明日も、一緒にお弁当を食べてくれるかな?
そんな不安が広がりかけたけど、三井君の大きな笑い声が、私の意識を持って行った。
「うるさいヤツ。」
中島さんが、三井君を見ながら、そう呟いたけど。その表情は、迷惑と言うより、愛おしいものを見るような顔に見えた。
幼馴染み。
岩井君が言っていた言葉が浮かんで、三人を見た。
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