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「何かの幽霊とか、呪いとか……そんなのないよね?だって私達、何も悪いことしてないのに……っ」
どうやら彼女の中では既に、不可思議な力で襲われたようなものだと確定してしまっているらしい。そんなものあるわけないよ、と言いたいのはやまやまだったが、空にも残念ながらきちんと否定できる根拠は何処にもなかった。
それでも、どうにか安全圏に逃げられたことで、少しは心の余裕は生まれつつある。なんとか彼女を慰めなければ、と必死で言葉を探した。コミュニケーション能力は高くはないが、これでも小説家なのである。多少なりに、語彙は豊富なつもりでいるのだ。
「……幽霊が車を運転してたの?じゃあ花子さんじゃないよね、花子さんは子供だから免許なんか持ってるわけないし」
そう告げると、予想外だったのか希美は少しだけぽかん、とした表情を見せた。多少斜め上だろうと空気が読めなかろうと関係ない。意外な言葉で少しでも怖さから気が逸れるなら、きっとそれだけで意味はあるはずである。
「僕は小学校の時から小説書いてたし、ホラーも好きだったから七不思議もかなり調べたけど……出てくる幽霊は妖怪っぽいのか子供かのどっちかだったなあ。少なくとも免許持ってそうな、大人の先生とかの幽霊の話は聞いたことがないや」
「そう、なの?」
「うん。あ、大人もいなくはないけど、多分あれは犯人じゃないね。絵の中のベートーベン先生がワゴン車を運転するなんてナンセンスだし、ちょっと笑いを取りに行きすぎじゃない?想像してみなよ、シュールなギャグにしかならないよ?」
思い付くままペラペラと話しただけだったが、思いの外効果はあったらしい。希美どころか、向こうで言い争っていた清香と勇雄さえ目を丸くしてこちらを見ている。
なんだか急に恥ずかしくなった。こんなに誰かに注目されたことなど、先日の文学賞で賞を取った時くらいなものである。
「……なんていうか、その」
意外にも、口を開いたのは勇雄だった。
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