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<3・ノーバディ>
後で叱られるかもしれないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
廃校舎ではないので、電気も水道もあるのが今は何よりの幸いだった。一年三組と書かれた教室に飛び込み、空と希美は息を切らして座り込んでいる。
「勇雄!ちょっとどういうことなの、説明しなさいよ!あんたの車でしょ!?」
「そんなこと言われても困るんだよ、俺はちゃんとエンジン切ったし鍵も抜いてたんだって!何であんなことになったのか全くわかんねーつーか、そもそも自分の車があんなザマになって一番ショック受けてんの誰だと思ってんだよ!」
「それこそこっちは知ったことじゃないのよ、死にかけたのよ私たちはっ!!」
何というか、体力が有り余ってるなあ、という感想しか浮かばなかった。空の目の前で、今度は勇雄に矛先を変えた清香が延々と怒鳴り散らしている。此処に飛び込んできてからずっとだ。そこまで怒り続けられるだけ凄い、と言わざるをえない。こっちは恐怖と疲労でそれどころではないというのに。
「う、うぅ……」
さっきから、隣で希美はしくしくと泣き続けている。この状況でもまだなんとかしなければ、という気持ちが沸くのはすべて、そこに彼女の存在があるからだった。
遠い昔、好きだった女の子。今はもう、その気持ちをそのまま持ち続けているとは言えないけれど。それでもその子が、昔よりずっと可愛くなったその子が、幼い子供のように怯えて泣きじゃくっているのである。なんとかしてやりたい、自分がなんとかしなければ――なんて多少なりに燃え上がるのが男という生き物ではなかろうか。
「希美……大丈夫だよ。とりあえず、車はここまでは来ないし。僕達を見失ってからはずっと止まったまはまみたいだし……」
「空……でも、でも」
「うん」
「運転席、見たの。どういうこと?……誰も、乗って、なかった……っ」
どうやら、空が見たものは見間違いではなかったらしい。彼女の言葉に呻くしかない。誰も乗っていないワゴン車が突如として暴走して自分達を轢き殺そうと襲ってきたなんて、あまりにも非現実が過ぎるというものだ。
第一、仮に誰かが乗ったところで、本人が言う通り勇雄がちゃんと鍵を抜いたところは空もきちんとこの目で確認している。ギアもパーキングに入っていた、それは間違いない。そもそも車は学校の敷地の外に路駐していたわけであって、多少坂があっても真っ直ぐ校庭に侵入してくるなど本来ありえないのである。
それこそ、誰かが魔法で操っていたなどでもない限りは。
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