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エセルグウェンが現れなかった日、システィーナはいつまでも穴の外でまっていました。
夜があけて、お日様が高くのぼっても、エセルグウェンを待っていましたが、三日もたつころにはあきらめました。
はじめから偶然だったのです。
人がいるとはおもわないような場所から出てきた男の子。どこから来たのかわからない、名前しか知らない男の子です。
深く知ろうとしなかったのは、いつか会えなくなることを頭のかたすみでわかっていたからなのかもしれません。
どんな理由があったのかわかりません。とうとう穴が崩れてしまったのかもしれませんし、他の誰かに見つかって怒られてしまったのかもしれません。
だけどとにかく、きっともう、エセルグウェンに会うことはないのでしょう。
システィーナは魔女です。
いばらの森に住む、さいごの魔女です。
ひとりで暮らし、そうしていつか、ひとりで死ぬのです。
決めたはずのことが、少しだけさみしくおもえました。
それからシスティーナは、変わらない暮らしをつづけました。
一緒に食べる相手は森の動物だけですが、時折森の外に出て買い物をしたりもします。
木の実や果物を売ったり、木の皮を削いで乾かした物も高く売れました。薬草をつかった薬をつくることもできましたので、よその町から来た者として商いをすることもおぼえました。
そうして過ごしているうちに、自分以外の誰かと話をする機会も増え、声をかけられることも増えました。
森の奥で暮らすシスティーナは、町の人よりも肌の色が白く、美しいみどり色の瞳をしていましたので、たいそう目立ちました。
風にゆれる金色の髪も、システィーナの印象をよりやわらかくみせます。
色めいた声をかけられることもありましたが、そのどれもシスティーナのこころを動かすことはありません。
ひとりきりで生きるときめている彼女は、誰の誘いも受けようとはしなかったのです。
町のなかでそのうわさをきいたのは、やはり偶然でした。
呪いの王子の話です。
お城にこもりきりで出てこない王子は、人々にとっては忌避される存在でしたが、どうやら最近はそうでもないようです。
正しいこころを持ち、剣の腕も立つ青年となった王子を、かつてのように野卑する声が少なくなっています。
お城近くに商いに出たという人が、声高にいいました。
「王子のお姿をはじめて見たんだが、それはとても美しく凛々しい人であったよ。輝く銀糸の御髪が、たいそうきれいだった。空をまるまま映したような瞳も、誠実そのものだ」
「おやまあ、それではあの呪いは、王子とは関係がないのかね」
「きっとまだ千年もたっていないのさ。あんな王子が国を滅ぼすわけがない」
システィーナは、声をあげるのをなんとかおさえたものです。
髪の色も、瞳の色も、システィーナの知っている誰かと同じです。
きらいだよ。魔女が呪いをかけたせいで……。
ティーも王子が怖いとおもう?
あの時、彼はどんな気持ちだったのでしょう。
そして自分は、なんと答えたのでしょうか。
魔女がきらいだといわれたことに気をとられ、きちんとおぼえていないのです。
ああ、エセル。きっとあれは貴方だったのね。
王さまの住むお城に通じる抜け道は、小さな子供ならば通れる程度の大きさでずっとつながっていたのでしょう。
大人になった王さまでは通り抜けられない穴をつかい、かつての王さまと魔女のように、王子と魔女はいばらの森で出会ったのです。
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