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システィーナは、町で薬師のはなしを聞きました。
はやり病に効く薬をたくさんたくさん求めているというのです。
幸いにもその薬は、魔女に伝わる薬のひとつでした。シェンナの時代よりもずっとむかしから伝わっている、万能の薬です。
呪いの王子のせいではないかという話をきいたシスティーナは、エセルのために薬をつくることを決めました。
だけど、どうすればこれが万能の薬だと信じてくれるでしょうか。
システィーナが薬をつくることは、町のお医者は知っていますが、王さまが信じてくれるとはかぎりません。
ひとまず万能の薬をつくったシスティーナは、お医者のところに薬をもっていきました。
「今日の薬は、いつもとはすこしちがうものです。いろいろな病に効くといわれている薬なのです」
「それは、はやり病にも効くものか」
「おそらくは」
「そんなものを、どうやって知ったのかね」
「わたしの家にむかしから伝わっている薬なのです」
藁にもすがるおもいでつかった薬は、おどろくほどによく効きました。
お医者の腕は評判となり、システィーナもたくさんの薬をつくりました。
「ありがとう、おじょうさん」
そんなふうにいわれたのは初めてでしたので、システィーナはうれしくなりました。
魔女であることはいやなことばかりでしたが、こんなふうにお礼をいわれることもある。
魔女はかつて、そんなふうにして生きていたのでしょう。
さいごになることを選んだシスティーナでしたが、はやり病がおさまるまでは、生きていたいとおもいました。
いつおさまるかもわからないことだけれど、国中の病が落ちつくまでは、魔女として人々のために薬をつくるのです。
それはきっと、エセルのためにもなることでしょう。
お医者の家につとめる産婆はその日、システィーナのうしろ姿を追いかけました。
さまざまな薬を調合し、そのどれもがまるで魔法のように効く。いったいどこから来てどこに住んでいるのか、さっぱりわからないとくれば、後をつけてみようとおもったのです。
産婆はもうたいそう腰が曲がっていたものですから、背丈も低く、物陰に隠れてしまえば、よく目をこらしてみないと姿も見えません。
システィーナは時折振りかえりはしましたが、誰かがつけているなどとはおもってもみませんでしたので、そのまま森の入口へと行きあたります。
彼女が手を伸ばすと、からまった蔓はするすると左右に割れ、びっしりと生えた棘は引っこんでしまいました。システィーナは気にするふうでもなくそのまま進みますと、通ったあとから蔓がしゅるしゅると伸びてきて、道はもとのとおりに閉じられました。
そのさまをみていた産婆はおどろいて、システィーナが消えた場所へとむかいます。産婆が手を伸ばしてみたところで蔓は割れず、それどころか突き出した棘が節くれだった手のひらをひどく刺しました。
面妖な術をつかい、森の中へと消えていった。
それにこの森は、産婆のおばあさんがさらにおばあさんから聞いたという、あのわるい魔女が住む「いばらの森」なのです。
「たいへんだ。あのむすめは魔女だ。魔女がつくった薬をつかっていたのだ」
産婆はあわててお医者の家へと駆け戻りました。
お医者は、薬師のむすめが森に住む魔女だと知ってたいそうおどろきましたが、薬じたいはとてもよく効くものでしたので、どうしたものかと迷いました。
ですが産婆は、声高にいいます。
おそろしい。
魔女が町へやってきたのは、ついに厄災を振りまきにきたのだ。
ああ、おそろしい。
魔女が出入りをすると知れたら、この家もおしまいだ。
今日とりあげた赤子が息絶えてしまったのは、あの魔女のせいだ。
わたしの腰がひどく痛むのも、魔女がわるさをしたにちがいあるまいよ。
ああ、おそろしやおそろしや
お医者をたずねてきた人々が、何事かと様子を見にきましたので、産婆はいっそうおおきな声でいったのです。
「魔女が出たのさ。あの得体のしれないむすめは魔女だったのさ! はやり病は魔女が呪ったせいだったんだよ」
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