5 千年の呪い

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 町の噂はお城にとどいていましたが、王さまはあまり本気にはしていませんでした。  人々のこころが荒れているせいで、わるい魔女の話をおもいだしただけだと考えたからです。それに、魔女の話がでることで、王子の呪いが成就することもおそれました。  王子は正しく育ちました。見目うるわしい、立派な青年です。千年の呪いさえなければ、国を任せるにたる人物といえたでしょう。  魔女の呪いに触れさえしなければ、王子が呪いに染まることもないはずです。  しかし、それから数日の後、町の長がやってきました。ついに魔女が姿をあらわしたというのです。おとぎ話に出てくる姿ではなく、ふつうのむすめのような姿をしているせいで、誰も魔女とは気づかなかったといいます。 「魔女めがいいました。呪いを解くことができるのは、王子だけであると」 「王子が呪いを解くというのか」 「そうでございます。あの魔女めがいうには、王子こそが、呪いを解く唯一の鍵であり、王子しか己を殺すことはできぬというのです」 「なんと。王子は国を滅ぼすのではなく、王子によって魔女が滅びるということか」 「あのおそろしい魔女を、どうかなんとかしてくださいませ」 「よくぞ魔女を捕えてくれた。これで国は救われる。千年の呪いからついに解放されるのだ」  呪いの王子は、わるい魔女の呪いに打ち勝つ存在である。  そのことは、国中に知れわたりました。  人々はみな喜びました。  あのおそろしい魔女の呪いが、ついに解かれるのです。たくさんの人が死んでしまった病も、これできっとおさまることでしょう。  王さまと王妃さまは、王子が正しいこころを持ったことをうれしくおもいました。そう育てたことは、やはり国のためによいことだったのです。  ああ、よくぞあなたは王子として生まれました。  わたくしの子が魔女を滅ぼしてくれるなんて、すばらしい。  ああ、よくぞおまえは王子として生まれた。  わたしの子が、この国を千年の呪いから救うなんて、すばらしい。  王子はよろこびの声をききながら、胸のなかがざわざわとするのを感じていました。  みんなが自分を「呪いを解放する王子」とよびます。「滅びを止める王子」とよびます。「魔女を殺し、国を救う王子」だと称賛します。  けれど、誰も王子の名前はよばないのです。  誰も王子の名前は知らないのです。  呪いは反転したけれど、なにもかわってはいませんでした。  どうしてだろう、ティー。ぼくはちっともうれしくないんだ。  魔女を殺せば、なにかが変わるだろうか。  こころに住むティーは笑っています。  なにも答えてくれません。  ああ、ティー。システィーナ。  きみだけがぼくの名前をよんでくれた。きみだけがぼくを知っている。  エセルとよぶ少女の声だけが、王子の支えでした。  システィーナは王子の友達でした。  だいじなだいじな友達でした。  すべてが終わったら、魔女を殺したら、国中をまわって君を探しにいく。  世界の果てだってかまわない。  ああ、ぼくはずっと、きみに会いたいんだ。
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