19人が本棚に入れています
本棚に追加
町の噂はお城にとどいていましたが、王さまはあまり本気にはしていませんでした。
人々のこころが荒れているせいで、わるい魔女の話をおもいだしただけだと考えたからです。それに、魔女の話がでることで、王子の呪いが成就することもおそれました。
王子は正しく育ちました。見目うるわしい、立派な青年です。千年の呪いさえなければ、国を任せるにたる人物といえたでしょう。
魔女の呪いに触れさえしなければ、王子が呪いに染まることもないはずです。
しかし、それから数日の後、町の長がやってきました。ついに魔女が姿をあらわしたというのです。おとぎ話に出てくる姿ではなく、ふつうのむすめのような姿をしているせいで、誰も魔女とは気づかなかったといいます。
「魔女めがいいました。呪いを解くことができるのは、王子だけであると」
「王子が呪いを解くというのか」
「そうでございます。あの魔女めがいうには、王子こそが、呪いを解く唯一の鍵であり、王子しか己を殺すことはできぬというのです」
「なんと。王子は国を滅ぼすのではなく、王子によって魔女が滅びるということか」
「あのおそろしい魔女を、どうかなんとかしてくださいませ」
「よくぞ魔女を捕えてくれた。これで国は救われる。千年の呪いからついに解放されるのだ」
呪いの王子は、わるい魔女の呪いに打ち勝つ存在である。
そのことは、国中に知れわたりました。
人々はみな喜びました。
あのおそろしい魔女の呪いが、ついに解かれるのです。たくさんの人が死んでしまった病も、これできっとおさまることでしょう。
王さまと王妃さまは、王子が正しいこころを持ったことをうれしくおもいました。そう育てたことは、やはり国のためによいことだったのです。
ああ、よくぞあなたは王子として生まれました。
わたくしの子が魔女を滅ぼしてくれるなんて、すばらしい。
ああ、よくぞおまえは王子として生まれた。
わたしの子が、この国を千年の呪いから救うなんて、すばらしい。
王子はよろこびの声をききながら、胸のなかがざわざわとするのを感じていました。
みんなが自分を「呪いを解放する王子」とよびます。「滅びを止める王子」とよびます。「魔女を殺し、国を救う王子」だと称賛します。
けれど、誰も王子の名前はよばないのです。
誰も王子の名前は知らないのです。
呪いは反転したけれど、なにもかわってはいませんでした。
どうしてだろう、ティー。ぼくはちっともうれしくないんだ。
魔女を殺せば、なにかが変わるだろうか。
こころに住むティーは笑っています。
なにも答えてくれません。
ああ、ティー。システィーナ。
きみだけがぼくの名前をよんでくれた。きみだけがぼくを知っている。
エセルとよぶ少女の声だけが、王子の支えでした。
システィーナは王子の友達でした。
だいじなだいじな友達でした。
すべてが終わったら、魔女を殺したら、国中をまわって君を探しにいく。
世界の果てだってかまわない。
ああ、ぼくはずっと、きみに会いたいんだ。
最初のコメントを投稿しよう!