6 魔女と王子

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 空が晴れわたり、風がそよぐなか、町に王子がやってきました。  たくさんの兵士を率いて歩く姿は、国を救う勇者そのものです。  町の人々は手を叩いてよろこびます。 「さあ、王子。早くあの魔女を退治してくださいませ」 「魔女を殺して我々を救ってくださいませ」  王子は広場に案内され、その中央にある大木の下にしばられているむすめを見つけました。  張り巡らされた柵の外側から観察します。  年のころは自分とおなじぐらいでしょうか。足もとには土が盛りあがり、大小さまざまな石がたくさん落ちています。赤黒い血がこびりついているのを見て、顔をしかめました。 「むすめの姿を模していますが、なかなか本当の姿を現さないのです」 「魔女の髪はまっしろで、血のような瞳をしているはずなのに、あの魔女は金色の髪にみどりの瞳をしております」 「とても美しいむすめですが、あれは魔女が化けているのです」  そのとき、誰かが投げた石が魔女の顔を打ちました。ごとりと転がった石には、今出たばかりの赤い血がついています。  魔女が顔をあげました。  ゆっくりとまばたきをした瞳は、あざやかなみどり色です。  ずいぶんと痩せていました。  たくさんたくさん、よごれていました。  こめかみから流れる一筋の血は、まるで魔女が泣いているように見えました。  エセルグウェンはがくがくと震えました。  そこにいたのは、ティーでした。  背が伸びて、顔つきもすっかり女らしくなってはいますが、間違えるはずがありません。  ふわふわと揺れるやわらかい金色の髪も、森の木々を映したような美しい瞳も。  そのすべてがシスティーナそのものでした。  唾をのんだエセルグウェンは、おそるおそる柵を越えて、一歩ずつ近づきます。  背後からは、人々の歓声が聞こえました。 「魔女を殺せ」 「魔女め、思い知れ」  殺せ! 殺せ!  呪詛のように声が聞こえます。  広場中にあつまった人たちが、いっせいに声をあげて叫びます。  殺せ! 魔女を殺せ!  兵士たちも叫びます。  千年の呪いを断ち切る王子! 正しい心で魔女の呪いをはねのけた王子!  国を救う我らが王子、今こそ千年の恨みを、我らにかわってはらしてください。  魔女を殺して、我らをお救いください!  王子、万歳!  王子、万歳!  エセルグウェンは、その場で叫びだしたくなるのを、なんとかこらえました。  魔女を殺す? ぼくにティーを殺せというのか?  そんなばかなはなしがあるでしょうか。  魔女を殺して自由になって、そうして探しに行くはずだった女の子を、今ここで、自分の手で殺すだなんて。
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