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空が晴れわたり、風がそよぐなか、町に王子がやってきました。
たくさんの兵士を率いて歩く姿は、国を救う勇者そのものです。
町の人々は手を叩いてよろこびます。
「さあ、王子。早くあの魔女を退治してくださいませ」
「魔女を殺して我々を救ってくださいませ」
王子は広場に案内され、その中央にある大木の下にしばられているむすめを見つけました。
張り巡らされた柵の外側から観察します。
年のころは自分とおなじぐらいでしょうか。足もとには土が盛りあがり、大小さまざまな石がたくさん落ちています。赤黒い血がこびりついているのを見て、顔をしかめました。
「むすめの姿を模していますが、なかなか本当の姿を現さないのです」
「魔女の髪はまっしろで、血のような瞳をしているはずなのに、あの魔女は金色の髪にみどりの瞳をしております」
「とても美しいむすめですが、あれは魔女が化けているのです」
そのとき、誰かが投げた石が魔女の顔を打ちました。ごとりと転がった石には、今出たばかりの赤い血がついています。
魔女が顔をあげました。
ゆっくりとまばたきをした瞳は、あざやかなみどり色です。
ずいぶんと痩せていました。
たくさんたくさん、よごれていました。
こめかみから流れる一筋の血は、まるで魔女が泣いているように見えました。
エセルグウェンはがくがくと震えました。
そこにいたのは、ティーでした。
背が伸びて、顔つきもすっかり女らしくなってはいますが、間違えるはずがありません。
ふわふわと揺れるやわらかい金色の髪も、森の木々を映したような美しい瞳も。
そのすべてがシスティーナそのものでした。
唾をのんだエセルグウェンは、おそるおそる柵を越えて、一歩ずつ近づきます。
背後からは、人々の歓声が聞こえました。
「魔女を殺せ」
「魔女め、思い知れ」
殺せ! 殺せ!
呪詛のように声が聞こえます。
広場中にあつまった人たちが、いっせいに声をあげて叫びます。
殺せ! 魔女を殺せ!
兵士たちも叫びます。
千年の呪いを断ち切る王子! 正しい心で魔女の呪いをはねのけた王子!
国を救う我らが王子、今こそ千年の恨みを、我らにかわってはらしてください。
魔女を殺して、我らをお救いください!
王子、万歳!
王子、万歳!
エセルグウェンは、その場で叫びだしたくなるのを、なんとかこらえました。
魔女を殺す? ぼくにティーを殺せというのか?
そんなばかなはなしがあるでしょうか。
魔女を殺して自由になって、そうして探しに行くはずだった女の子を、今ここで、自分の手で殺すだなんて。
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