6 魔女と王子

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 エセルグウェンはついに、叫び声をあげるのを抑えることができなくなりました。  荒れ狂うこころのまま、人々を斬りつけてしまいたくなりましたが、正しくあろうとするこころが、それをなんとか押しとどめます。  けれど、正しいこころとは何なのでしょう。  魔女とよばれるむすめを殺すことでしょうか。  魔女の血肉をよこせと叫ぶ人々に賛同することなのでしょうか。  わからなくて、王子はこぶしを握りしめます。  魔女は王子にちいさくささやきます。 「王子、あなたの望むままになさればよいのです」 「望むままに?」 「憎い魔女を殺せば、この国に巣食う呪いは人々のこころから消えるでしょう。だから王子――」 「ちがう、ぼくの名前は王子じゃない」 「……エセルグウェン、あなたは魔女を殺した英雄になるのだわ」 「そんなものになりたくはない! ぼくの望みというのであれば、ぼくの望みはひとつだ。システィーナ、君と一緒にいることが、それだけがぼくにとっての幸せだ」  動かない王子に、人々は焦れたように声をかけます。 「王子、我らの王子。魔女の甘言にまどわされないでください」 「魔女が口を開けぬよう、喉を焼いてしまえばよいのではないか」 「なにも見えぬよう、さきに目玉をくりぬいてしまえばよいかもしれぬ」  そういいながらも人々は、柵のこちら側に入ろうとはしません。  魔女に触れれば、呪われてしまうとおもっているからです。  一人の男が狙いをさだめて石を放ります。  石は魔女の頭上を越えて、大木の枝に当たりました。  茂った葉がはらはらと舞い降ります。別の男も石を投げましたが、やはり大木の枝を揺らします。  やがて風もないのに、枝葉がざわざわと音を立てはじめました。 「魔女の呪いだ! 魔女がいかり、天罰を起こそうとしてる!」 「なにをもたもたしているのだ、早く殺してしまえ」  恐れた人々はいっせいに石を投げはじめました。  石だけではなく、そのあたりに落ちている木の枝や鉄くずまでもが飛んでいきます。 「やめろ! やめてくれ!」  王子の叫び声は、周囲の大声にまぎれて届きません。  顔の横をかすめた大きな石が魔女の身体を打ったとき、たまらず傍に駆け寄りました。 「ティー!」 「……エセル、だいすきよ」 「そんなの、ぼくだっておんなじだ」  王子と魔女は友達でした。  だいじなだいじな友達でした。  たいせつなたいせつな、誰よりも大切な、世界で一番大事な人でした。
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