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エセルグウェンはついに、叫び声をあげるのを抑えることができなくなりました。
荒れ狂うこころのまま、人々を斬りつけてしまいたくなりましたが、正しくあろうとするこころが、それをなんとか押しとどめます。
けれど、正しいこころとは何なのでしょう。
魔女とよばれるむすめを殺すことでしょうか。
魔女の血肉をよこせと叫ぶ人々に賛同することなのでしょうか。
わからなくて、王子はこぶしを握りしめます。
魔女は王子にちいさくささやきます。
「王子、あなたの望むままになさればよいのです」
「望むままに?」
「憎い魔女を殺せば、この国に巣食う呪いは人々のこころから消えるでしょう。だから王子――」
「ちがう、ぼくの名前は王子じゃない」
「……エセルグウェン、あなたは魔女を殺した英雄になるのだわ」
「そんなものになりたくはない! ぼくの望みというのであれば、ぼくの望みはひとつだ。システィーナ、君と一緒にいることが、それだけがぼくにとっての幸せだ」
動かない王子に、人々は焦れたように声をかけます。
「王子、我らの王子。魔女の甘言にまどわされないでください」
「魔女が口を開けぬよう、喉を焼いてしまえばよいのではないか」
「なにも見えぬよう、さきに目玉をくりぬいてしまえばよいかもしれぬ」
そういいながらも人々は、柵のこちら側に入ろうとはしません。
魔女に触れれば、呪われてしまうとおもっているからです。
一人の男が狙いをさだめて石を放ります。
石は魔女の頭上を越えて、大木の枝に当たりました。
茂った葉がはらはらと舞い降ります。別の男も石を投げましたが、やはり大木の枝を揺らします。
やがて風もないのに、枝葉がざわざわと音を立てはじめました。
「魔女の呪いだ! 魔女がいかり、天罰を起こそうとしてる!」
「なにをもたもたしているのだ、早く殺してしまえ」
恐れた人々はいっせいに石を投げはじめました。
石だけではなく、そのあたりに落ちている木の枝や鉄くずまでもが飛んでいきます。
「やめろ! やめてくれ!」
王子の叫び声は、周囲の大声にまぎれて届きません。
顔の横をかすめた大きな石が魔女の身体を打ったとき、たまらず傍に駆け寄りました。
「ティー!」
「……エセル、だいすきよ」
「そんなの、ぼくだっておんなじだ」
王子と魔女は友達でした。
だいじなだいじな友達でした。
たいせつなたいせつな、誰よりも大切な、世界で一番大事な人でした。
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