7 穴

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 ごう、と強く風が吹きました。  枝はしなり、大きく揺れます。  魔女と王子を囲んだ柵は、メキメキと音を立てて倒れ、草も花も地面からはなれて浮き上がります。風はおおきな(うず)となって土と砂が舞きあげながら、空へと立ち上がりました。  広場にいる人々は、目をあけていることもできなくて、寄りあつまったり這いつくばったりしながら、風がおさまるのを待つしかありません。  王子と魔女は、大木にしがみつきながら風がおさまるのを待っていましたところ、渦の下にぽっかりと穴が開いていることに気がつきました。  風が(とどろ)き、空はいつのまにか雲におおわれています。  大木の声がひびきました。  その声は、広場中みんなの耳にとどくほどに大きなものでした。  呪われし王子よ。  その大きな(うろ)は、かつて魔女を封じたもの。  魔女は囚われ、その力は永遠に失われるであろう。  広場の誰かがいいました。 「あれは誰の声だろう。神様であろうか」 「魔女を封じるため、神が王子に味方したのだ」 「魔女を落とせ」 「魔女を落とせ」  地面には大きく開いた穴があり、どこへ続いているかも見えないほどに深いものでした。  システィーナはごくりと息をのみます。  魔女を落とせと周囲が叫ぶなか、エセルグウェンの手が背中にあたります。 「いこう、ティー。ぼくも一緒にいくよ」 「どこまでいくかも、どこへいくかもわからないのに?」 「穴をみつけたなら、入ってみなくちゃ」  震える声で問うシスティーナに、エセルグウェンは笑ってそう答えました。  それはかつて、うんと小さなころに出会った王子がいった言葉です。  だから彼女も、おなじ言葉をかえします。 「そうね。なら仕方ないわ」  エセルグウェンは微笑んで、そうして広場にいる人々に告げました。 「魔女がかけた呪いと、我が身にかけられた千年の呪い。そのふたつをここに封じよう。これより先、いばらの魔女は消え、そして王子も消える。千年の呪いはもうおしまいだ」  そうして人々が見つめるなか、王子と魔女は、その身を穴の中へと投げ出しました。  するとふたたび(うず)が舞い、土や砂や石をあつめて、みるみるうちに穴は埋まってしまったのです。  あとはもう、壊れてしまった柵と今にも倒れそうな大木、草や花がちぎれてなくなって、まるはだかになってしまった地面があるだけです。  空はいつのまにか晴れ、なにごともなかったように太陽が降り注ぎます。  誰もなにもいいません。  兵士たちはしばらくぼうっとしておりましたが、やがてお城へともどっていき、そうして王さまと王妃さまに報告しました。 「それでいったい王子はどうなったのだ」 「わかりません。ですが王子は魔女とともに身を投げて、呪いを封じこめました」 「ああ、王子はとうとう正しいこころで国を救ったのですね」  王妃さまがいいました。  王さまもうなずきました。
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