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「しのぶって誰?」
シャワーを浴びた私に、タオルと着替えを用意しながら妻が聞いてきた。
「え?」
思わず聞き返す。
「ずいぶん可愛らしい声だったわ。」
さっぱりした直後なのに、何か急に冷や汗が出てくる。あれこれと考えを巡らせるが、何をどう答えればいいかわからない。とりあえず、
「こ、声ってどういうことだよ?」
「21時ころに電話があったのよ。今夜は楽しかった、よろしくお伝え下さいって。」
え? その時間って……。壁の時計を横目で観る。21時10分。ま、まさか。
「あなたも遅くなるんだったら電話くらいくれてもいいのに。こっちだって夕食の都合とかあるんだから。」
「ご、ごめん、会社の連中と急な飲み会に誘われてさ。一度電話したんだけど、お前、忙しかったみたいで出なかったんだ。こ、今度からは気をつける。」
「あ、そう。で、しのぶって? ほら、あなたの携帯のここの登録名にしっかりと出てる。」
「だ、誰だろうなあ。ま、間違い電話とかじゃなかったのか? あ、ほら、お、俺、最近携帯変えたばかりじゃないか。そ、それで前の持ち主の番号にかかってきたとかさ……。」
「へえ、最近の携帯って相手の名前が表示されるんだ? 便利になったのね。」
い、いや、おかしいぞ。私はしのぶなんて女と付き合ったりなどしていない。ゆきの登録は“ゆきのり”でしているはず。なんで“しのぶ”なんて表示が?
「あはははは。びっくりした?
てってれぇーーー!」
そう言いながら、妻は「大成功」と書かれたプラカードを差し出した。
「最近あなたの帰りが遅くて寂しかったから、ちょっとしたいたずらをしてみたの。勝手にあなたの携帯をいじったのは悪かったけれど、私の登録名を変更して、私の携帯からかけてみたの。表示はそのせい。」
「な、なんだ、そんなことだったのか。驚いたじゃないか。あらぬ疑惑をかけられて、どうしようかと思ったよ。」
「そうよね。ごめんなさい。でもね、私の登録を変更したのは昨日のことで、さっきかかってきたのは“ゆきのり”って表示だったの。あれは、誰だったのかな?」
そう言いながら包丁を出す妻の目は笑っていなかった。
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